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『シンプル・アクシデント/偶然』感情と理性の間で “動けなくなる”意義 ※注!ネタバレ含みます

©LesFilmsPelleas

『シンプル・アクシデント/偶然』感情と理性の間で “動けなくなる”意義 ※注!ネタバレ含みます

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感情と理性の狭間で



 そしていま、イスラエル軍の行動を支持する者たちが、イラン政府による過酷な拷問を理由に、爆撃を正当化する意見をSNSで目にしている。それはつまり、イラン政府を弾劾するパナヒ監督の作品もまた、イラン攻撃の材料になる場合があるということである。そこまで考えてしまうと、これまでのパナヒ監督の試みは、西洋諸国における中東の大国へのネガティブキャンペーンに資する面があったのではという、穿った見方をせずにはおれなくなる。少なくともそうしたパンク精神は、イスラエルへの批判よりも評価がしやすかったことは確かなのだろう。それを踏まえれば、パナヒが賞を獲ってきた事実そのものを汚されたような、複雑な気分に襲われるのである。


 もちろん、だからといって宗教大国であるイランの保守性が市民の人権を蹂躙しているのは事実であるし、パナヒ監督の反骨もまた本物であり、そこに価値が宿っていることは疑いようがなく、本作もまた同様である。そこには映画監督として、そして一人の人間としての覚悟と真摯な態度がある。大事なのは、ジャファル・パナヒ監督の作品が映し出すように、われわれもまた、既存の権力や権威を疑い、自分自身の無神経さや暴力的な部分を意識しながら、できる限り全てのものに“眼をひらく”ように心がけることなのではないか。



『シンプル・アクシデント/偶然』©LesFilmsPelleas


 本作のラストシーンで、主人公のワヒドは、さまざまな思いが交錯し、固まったように動かなくなってしまう。前作でもパナヒ監督はこのように、前進も後退もできないような、象徴的な姿を描いていた。しかし、本作でのそれは、さらに深刻である。パナヒ監督の作品は、ある意味で、本作の復讐者のように、国への怒りを示してきたといえる。自身が拘束された後は、なおさらだろう。しかし、本作のクライマックスにおいて監督は、加害者の事情にまで思いを馳せているのである。そして、捕えた義足の男が看守だったかどうかが、ついに明らかとなるものの、心が千々に乱れるワヒドや被害者たちは、その上で人間的な選択をすることになる。


 イランの罪は、もちろん厳しく追及せねばならない。しかし一方で、加害者を悪魔化することで暴力の連鎖を生むことにも、注意を払わなければならない。その対立する感情と理性のなかで、“動けなくなった”のは、パナヒ監督自身だったのではないか。この停止状態は、暴力と、より巨大な暴力との間に挟まれた、現在のイラン市民が立ち往生している状況にも重ねることができる。


 われわれもまた、さまざまな価値観や思想が交錯する現代において、この停止状態を、一度は経験しなければならないのではないか。しかし、それでもいつかは正しい道を見極め、動き出さなければならない。本作『シンプル・アクシデント/偶然』は、この絶望的な暗い停止状態に、そうした意志を漂わせているように感じられるのだ。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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作品情報を見る



『シンプル・アクシデント/偶然』

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開中

配給:セテラ・インターナショナル

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