2026.05.27
芸術がコミュニティや個人にもたらすもの
結果、本作では「あれもダメ」「これもダメ」と、何が正しい答えなのか全くわからない時代において、合唱団が自分たちにとっての最適解を必死に探し求め、掴み取ろうとする姿を描き出す。
際立つのはやはり、彼らの「ゲロンティアスの夢」が唯一無二のものへと進化していく過程だ。
もともとは、一人の老人が死の瞬間を迎え、天国へ至る前の煉獄へと誘われていく過程を謳った曲だった。しかしこの合唱団バージョンでは、テノールのソリストが戦場で地獄を見た若き帰還兵へと交代することで、ヨーロッパの戦地で失われている多くの魂へ捧げられているかのような歌へと変貌を遂げていく。

『ザ・コラール 希望を紡ぐ歌』©GERONTIUS PRODUCTIONS LIMITED 2025
ガスリーがこれまでの人生で妥協なく実践してきた音楽作りからすると、これは型破りではあるが、コミュニティにとって掛け替えのない一曲になったのは間違いない。かくも彼らは彼らにしかできないやり方で、ある者は喪った息子を思い、ある者は戦場で散った仲間のことを思い、ガスリー自身もまた、愛する人へ向けた言葉にできない張り裂けそうな感情を調べに乗せて、高く、深く、昇華させるのである。
本作に希望的観測はない。音楽に奇跡を起こす力はなく、街も戦況も変わりはしない。18歳を迎えた青年たちは今日も列車で旅立ち、老いた者たちには成す術もない。それでもなお、人が芸術を求めるのは、たとえほんの一瞬だけだったとしても、そこで得られる癒しや潤いが己の感情を絶望から遠ざけてくれるからだろう。過去の歴史を描きつつ、どこか今の世界状況との重なりを意識せずにいられない一作である。
参考記事:
https://www.npr.org/2025/12/22/nx-s1-5498768/ralph-fiennes-nicholas-hytner-the-choral-film
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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『ザ・コラール 希望を紡ぐ歌』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 中
配給:ロングライド
©GERONTIUS PRODUCTIONS LIMITED 2025