2026.05.27
第一次世界大戦期(1914〜1918)を舞台にした名作は多い。戦場の混沌にカメラを向けた作品としては、『西部戦線異状なし』(1930、および2022)や『突撃』(57)、『1917 命をかけた伝令』(19)、一頭の馬を巡って少年が戦地を渡り歩く『戦火の馬』(11)などがある。TVシリーズ「ダウントン・アビー」(10〜15)のシーズン2では、まさに同時代、ヨークシャーの貴族が広大な屋敷の一部を提供して数多くの負傷兵を収容する様子が描かれ、また英国映画の金字塔『炎のランナー』(81)ではその冒頭、終戦直後のどこか薄暗く押しつぶされそうな空気が刻まれているのが印象的だった。
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厳格な指揮者が戦時下のアマチュア合唱団を導く
一方、『ザ・コラール 希望を紡ぐ歌』(24)は1916年、ヨークシャーの架空の町で起こる物語である。ちょうどこの年、イギリスでは職業軍人や志願兵だけでは賄いきれず徴兵制が導入され、いよいよ戦いは国力を総動員したものへと変貌しようとしていた。
銃の扱いすらままならない18歳以上の男性たちが次々に駆り出され、街に残るのは年寄りと女性と少年たちばかり。ごく普通の国民が、これほど多くの身近な人の不在(または喪失)に見舞われるのは近代イギリスにおいて初めての経験であり、日常に広がる不安や動揺、悲しみにどう対処すればいいのか、誰も答えを見出せずにいる。
そんな中、地元のアマチュア合唱団では団員のみならず指揮者までもが戦地に旅立つこととなり、いよいよ存続が危ぶまれる中、新たな指揮者候補としてガスリー博士(レイフ・ファインズ)の名が挙がる。彼が敵国ドイツで音楽活動を行なっていた経歴に眉をひそめる人はいるものの、人材が不足する今、背に腹は変えられない。ガスリーを正式に招聘した合唱団は新体制でスタートを切るのだがーー。

『ザ・コラール 希望を紡ぐ歌』©GERONTIUS PRODUCTIONS LIMITED 2025
ニコラス・ハイトナー監督と脚本家のアラン・ベネットは、これまでにも数々の優れた舞台作品を共に手がけ、なおかつその映画化作品(『英国万歳!』/94『ヒストリーボーイズ』/06『ミス・シェパードをお手本に』/15)でも高い評価を得てきた。ハイトナーを重鎮と称するなら、ベネットはもはやレジェンドと言ったところか。
コロナ禍で着想された本作は、当初、ベネットの中で舞台戯曲として膨らんでいたそうだが、話を持ちかけられたハイトナーが、物語の構成に非常に映画的なものを感じ、なおかつ、これらの町の人々の存在感を「映画にしか成し得ない方法」で表現すべきだと感じたことから、二人にとって初となる(舞台作としてのベースを持たない)オリジナル映画作品として舵が切られた。
ベネットの年齢(現在92歳)を考えると、こうしてレジェンドの新作を味わえることそのものが非常に尊く貴重な機会と言える。そこに今年の1月にはパリで初のオペラ演出(チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」)にも挑んだ名優レイフ・ファインズの人間的な厚みが加わるのだから、本作の魅力は尚更だ。
ちなみにファインズは気難しい指揮者、ガスリー博士を演じるにあたり、『TAR/ター』(22)でケイト・ブランシェットを徹底指導した指揮者のナタリー・マーレイ・ビールに教えを受け、たった6週間足らずで説得力に足る演技の境地に達したというからさすがである。