© 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4
『シラート』荒々しい大地と己の内面が融合、“深淵”を臨む究極体験
『シラート』あらすじ
砂漠で行われるレイヴパーティに参加したまま失踪した娘を探すため、父ルイスと息子エステバンは、モロッコの山岳地帯から砂漠の奥深くへと車を走らせる。行き着いたのは、現実と幻覚が混濁するような野外レイヴのカオス。耳をつんざく重低音、赤い照明の海、沈黙を貫く父親の背中。だがそこにはすでに娘の姿はなく、父と息子は、レイヴの参加者グループを追って、娘が向かったと思われる次のレイヴ会場を目指すことになるが……。
Index
剥き出しの没入型体験
これは得体の知れない凄みを伴う映画だ。「シラート」とはアラビア語で「道」、はたまたイスラムの伝統では、天国へと続く細い橋を表すという。その言葉どおり、主人公はひたすら車を走らせるが、道なき道の終わりに自分の目指すものが本当にあるのか皆目わからない。
文明社会でいま何が起こっているのかは不明だ。なぜならこの映画には、一度たりとも、街やビル群といった”文明らしきもの”が登場しないから。映し出されるのは砂漠や荒野、崖のみ。
しかしこうして剥き出しの大地を舞台に据えるからこそ、大自然のキャンバスは観客一人一人の人生や内面と重なっていく。次第に五感を浸食され、己の魂までもが呑み込まれていく私たち。常識や理屈など通用しない。問答無用に状況を突きつける「没入型」とでも呼ぶべき体験がそこには待ち受けているのだ。

『シラート』© 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4
砂漠で開催されるレイヴパーティ
物語は砂漠のレイヴパーティで幕を開ける。おもむろに積み上げられたスピーカーは、まさに黒の神殿。そこから放出される重低音が、オーディエンスの爪先から頭のてっぺんまでを貫き、彼らは一心不乱に踊り続ける。
その波をかき分けて進む、明らかに場違いな幼い息子とその父親の姿。どうやら二人は、レイヴを求めて家を出たきり行方が分からなくなった娘を探しているらしい。
かと思えば、突如、軍用車両が会場に乗り込み、情勢の緊迫化を告げる。「すぐにレイヴを解散し、軍の指示通りに移動するように」。しかし威圧的な要請に背を向けて、数台の車が走り出す。彼らの目指す先は、さらなる砂漠の奥地で開催される別のレイヴ。すかさず父子の乗った車もアクセル全開でハンドルを切り、一行の後を追うのだが…。
これらはほんの序盤に過ぎず、合流した車列は荒野や崖っぷちや砂漠といったエリアを延々とひた走っていく。言うなれば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)や『恐怖の報酬』(53年のオリジナル、および77年のリメイク作)を思わせる命がけの道のりが待ち受けているわけだが、特筆すべきは展開の鍵を握るキーマンや悪役などが一切存在しない点だ。全ては絶望的なまでにシンプル。それゆえ、彼らの旅路は己の運命との駆け引きのようでもあり、はたまた見方によっては精神の探究にさえ感じられるほど。
旅の途上では計り知れない苦難が起こる。さらに後半では想像を超えた恐怖も待ち受ける。正直、このあたりまでくると、セリフというセリフがほぼ消滅し、我々はこれらの状況にただひたすら祈るように悶絶を繰り返すしか術がない。