この世界で何が起きているかを描く
『黒牢城』が武士道精神の否定を描いた映画だとは言わない。村重はたしかに「殺さず生かす」ことを実践しようとするが、結局は武士としての道理から抜け出せない。むしろここでは、彼の貫く理念がどのように人々に波及し、有岡城という場に影響を与えていくか、その過程が主題となる。村重のもつ戦争観や世界の見方が城全体に波及し、事件が起こる。その解決のなかで、彼は自分とはまた別の考えや視点を持つ人々と出会っていくことになる。
その思いがけない出会いは、村重の信念をぐらぐらと揺さぶる。彼は宗教と戦いとの深いつながりを目の当たりにし、戦いのなかでもっとも傷つく者たちとは誰かを知る。この城が何によって成り立つのか、戦いとは何をもたらすのか。村重はこの世界の構造を目の当たりにし、戦争による破壊の意味を理解する。戦争を背景にしながらも、いかに人を殺さぬかに腐心する主人公を中心に据えたことで、映画はいつしか反戦あるいは非戦の色合いを濃くしていく。

『黒牢城』©米澤穂信/KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会
ここで起きているのは複数のイデオロギーの対立であり、同時に、個人とそれを超える何か強大な力との衝突だ。強大な力とは、宗教の力であり、武士の理であり、また権力への誘惑だ。それらが戦争を引き起こす。村重は城内で起こる個々の揉め事を通して、いくつものイデオロギーの対立を目にし、この世界の仕組みを知る。これこそまさに黒沢清監督が描き続けてきた主題ではなかったか。そして、ここにこそ、私たちが生きる現在の世界が立ち現れる。
147分という時間を経て、あるとき門は開かれる。そこにはこれまでに見たことのない光が感じられた。
参考:
『黒牢城』黒沢清監督インタビュー 「謎を解く行為そのものが謎」(取材・文:中谷祐介)
文:月永理絵
映画ライター、編集者。『朝日新聞』『週刊文春』『CREA.web』などで映画評やコラムを連載中。ほか映画関連のインタビューや書籍・パンフレット編集など多数。著書に『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)。
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『黒牢城』
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配給:松竹
©米澤穂信/KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会