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『さよなら、僕の英雄』本当の自分とは?アイデンティティをめぐる大胆で予測のつかない物語
描かれ続ける“アイデンティティ”というテーマ
では、重厚な書き手でもあるイェンセンはこの作品を通じてどのようなテーマを掘り下げようとしたのだろうか。
彼によると、本作のテーマは「アイデンティティ」だ。この15年ほど、ソーシャルメディアの普及も相まって誰もが他者ではなく自分のアイデンティティにこそ目を向けるようになった状況について、彼は常に考え続けてきたという。
この「アイデンティティ」という言葉を聞いてふと思い出すのは、イェンセンの過去5本の監督作に共通する潮流だ。そこでは多かれ少なかれ、ぶっとんだ個性を持つ登場人物たちが互いのありのままの人格を尊重し、兄弟、友人、コミュニティとしての絆を育み、その中で「自分らしさとは何か」「自分がなすべきことは何か」の答えを掴み取ろうとする姿が描かれてきた。
今回、大金をめぐって森の中を掘って、巡って、また掘りまくる描写も、この連綿と受け継がれる「自分探し」のメタファーと捉えて良いだろう。

『さよなら、僕の英雄』© 2025Zentropa Entertainments4ApS & Zentropa Sweden AB.
本当の自分は何者か?
一方、イェンセンは本作に寄せてこういったコメントも残している。
「人間は他者の視線によって形作られる存在であり、その中で<本当の自分>を見つけようとする多面的な存在である。それを理解することで、他人にも自分にも寛容でいることができる。また、自分の持つ顔がひとつではないと知ることで、他人の言葉に傷つきにくくなるものだ」(プレス資料より)
むむ…何を言っているのか少し面食らってしまう言葉だが、つまり、自分がいくら一方的に「私のアイデンティティはこうだ!」と主張しても、他者の視線がそれを受け入れてくれないことには何も成立しない、ということか。
マンフレルの場合、かつて「バイキングになりたい」と主張した時、父がそれを頑なに許さなかった。そして、今やすっかり中年と化した彼は、自らの多元的な顔を少し回転させて、「私はジョン・レノンだ」と主張しているわけである。ここでは一体、どんな心理が働いているのだろう。