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『海辺の一日』“エドワード・ヤン・ユニバース”最初の大物映画が、ついに4Kレストア版で甦る。
東洋と西洋、儒教と近代――エドワード・ヤン思想のコア
エドワード・ヤンは1969年から1981年まで、約13年間をアメリカ各地で過ごした。フロリダ大学で電子工学を学び、USC(南カリフォルニア大学)で映画教育に触れ、シアトルでコンピュータ関連の仕事に従事したこの長い滞在経験は、『海辺の一日』のピアニスト、ウェイチンの経歴にも重ねられている。亡くなった時はビバリーヒルズ在住で、脚本を中国語と同時に英語でも書いていたことが知られているヤンは、まさに“東洋と西洋の狭間”に立つ映画作家だった。
儒教的な伝統(家族・上下関係・徳)と、西洋的な近代的自我(個・自由・民主主義)が衝突する台湾社会。その矛盾と混沌は、『エドワード・ヤンの恋愛時代』や『カップルズ』でさらに尖鋭化していくヤン思想のコアだが、すでに『海辺の一日』の時点で明確に表れている。ダンスホールではエルヴィス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」が流れ(『牯嶺街少年殺人事件』の「リトル・プレスリー」と呼ばれるワンマオ少年にも繋がっていく)、ジャーリィの父親は「孔子の生誕記念日」に言及する。東洋と西洋、根深い伝統と借り物の近代がごちゃまぜになった台北の都市空間が、音楽や台詞のレベルでも交錯するのだ。

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孔子「論語」の引用から幕を開ける『エドワード・ヤンの恋愛時代』の英語題は“A Confucian Confusion”(儒者の困惑)。その“困惑”は、すでに『海辺の一日』の人物たちの内面に宿っている。楊德昌(ヤン・ダーチャン)という名の映画作家が、“Edward Yang”という英語名を名乗っていること自体が、引き裂かれた東アジアの近代を体現しているのだと言える。
台湾ニューシネマとクリストファー・ドイル――『海辺の一日』が立つ“映画史の交差点”