4人の少女のポートレート
『また会えるよね』は、授業中の風景から始まる。生徒たちはフランス語を禁止され、外国語である英語で議論をする。このファーストシーンは、別の言語で話すこと、ワンクッションおいて別の何かを媒介させることによる、心理的な距離の解放の可能性を示唆しているといえる(SNSに関する議論とも重なっている)。それは生徒たちにカメラを向けることにつながっていく。親しい友人にさえ話さないパーソナルなこと、もしくはあえて話す必要を感じていなかったことが、カメラというワンクッション、映画を共に撮るという機会を通じて広がりを生んでいく。内なる時間の広がり。それは集団の中にいる個別のポートレートとなっていく。4人の少女たちのポートレート。オーロール、ヌルス、ジャンヌ、ディアーヌの名前は、それぞれの章のタイトルになっている。

『また会えるよね』© bathysphere productions - 2024
ギヨーム・ブラックは『みんなのヴァカンス』(20)のロケ地、ドローム県のディーに住みはじめ、この地区の若者たちを撮りたいと思ったという。生徒たちが環境問題の議論と抗議活動に真剣にコミットしていることや、女の子たちの寮の部屋の壁に貼られた無数のポスター類からも、この地区の文化的教養が高いことがうかがえる(ジャック=アンリ・ラルティーグの写真やウェス・アンダーソン映画のポスターが貼ってある)。『また会えるよね』は、女子生徒たちのグループから個別のポートレートを抽出していくが、女子グループの中に男子生徒たちのいるスペースがあるところが、この映画の風通しを豊かにしている。やさしい佇まいの男子生徒たちが、自然に溶け込んでいる。男女問わず、魅力的な若者たち。このグループの全員に、思いやりや洞察力、知性、何よりチャーミングさが感じられる。
前作にあたる短編『リンダとイリナ』(23)は、本作と合わせて二部作のような関係にある。親の都合で引っ越しを繰り返してきたリンダは、誰かに友情を持つこと、愛着を持ってしまうことを恐れていた。リンダのクールな態度は、傷つくことから回避するための彼女なりの方法だった。別れは中心的なテーマであり続ける。『また会えるよね』は、3年間という短い期間、10代だけが持つ時間感覚の中で生まれた、“幻想の家族”のようなつながりを彫刻している。