幻想のお城を建てる
ギヨーム・ブラックはヴァカンスに惹かれる理由について、“効率性”から解放された時間の感覚を挙げている。ギヨーム・ブラックの映画において、横軸に伸びていく遊戯の時間はユートピアの扉を開く行為であり、子供時代への回帰であり、それは映画自体の若さとつながっている。『また会えるよね』の生徒たちは、子供時代が終わってしまうことを先延ばしするかのようにマットレスでドミノ大会を始めたり、規則を破って男子寮に乗り込んだり、急な流れの川で水遊びをする。彼女たちは終わりが近づいていることを認識している。男子生徒のルイゾンのドレッドヘアをみんなで楽しく切り落とすシーンは、“非効率性”の時間から卒業する儀式となる。ドレッドヘアの切断が、3年間かけて作った幻想の家族の記念碑となり、それは解散を象徴する。部屋のポスターは剥がされ、生徒たちの目の前に縦軸の時間が残酷に現れる。

『また会えるよね』© bathysphere productions - 2024
自由とは幻想なのか。ディアーヌは想像する。彼女は姉を失ったことを告白する。生前の姉よりも、いなくなってからの姉の方が近くに感じるという。ジャンヌは想像する。友人たちと一緒にお城に住むことを。この谷に小さな家をたくさん建てて、みんなで住めたらいいと。ジャンヌの詩的な言葉の前にディーの風景が広がっていく。彼女たちは目の前に広がる風景の中に幻想の家族を築くことを夢想している。
出発の時がくる。自分たちを歓迎してくれるかどうか分からない世界に、生徒たちは巣立っていく。ギヨーム・ブラックと生徒たちは、10代のこの瞬間にしか生まれることのなかった幻想の住居を、映画の中に建築している。想像され、すぐに消えていく、見えないお城を建築している。道に迷ったら、いつでもここに帰ってくればいい。『また会えるよね』という傑作は、私たちの誰もに、帰るべきお城があることを教えてくれる。
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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配給:エタンチェ
© bathysphere productions - 2024
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