2026.08.06
創造性を与える「クリエイターズ・クリエイター」
三つ編みがトレードマークの彼女の姿を、映画は様々な年代で映し出していく。音楽を制作し、自身でパフォーマンスをしながら、その活動は舞台演出や映像制作まで多岐にわたる。彼女の表現のなかで最もアイコニックなのは、自身の声を楽器として扱う実験的なボーカルだ。歌詞を口ずさむことなく、意味を持たない発声や叫び、囁き、笑い声、鳥のさえずりにも似た声が響きわたる。初めてその歌声に接する人は戸惑うかもしれない。
そんな奇妙な表現方法に、あのビョークが惹かれ、長年のファンになったというのも頷けるところがある。メレディス・モンクの発声には、言葉による特定のメッセージが付与されていない。だからこそ、そこに言葉が生まれる以前から存在していたかもしれない、プリミティブな感覚がある。ビョークの音楽がそうであるように、その歌声を聴く者は、まるで深い森に導かれるような、不安と安堵の感情に包まれるだろう。
そうした作風には、地域、文化をも飛び越えた、人間と自然との関わりのなかで生み出された、人間の普遍的な営みが反映されていると感じさせる。より太古の知覚へ、より根源的な表現へ……。ビョークの彼女に対する熱狂の態度自体が、モンクの音楽への取り組みにおける数々の実験的価値を、我々に分かりやすく解説してくれる。

『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』©110th Street Films
モンクの革新性は、そうした奇抜な発声法のみには収まらない。独自の技術を共有し、複数の者たちとステージに立ちつつも、プロのクラシック歌手やジャズ・ボーカリストのような、完成された歌唱の技量を競う場所には最初から立っていないのだ。なので、歌が上手いか、演奏技術が高いかという尺度では、彼女の魅力や本質は測れないだろう。
音楽やパフォーマンス、演劇的なアプローチや映像制作などを通して彼女が残しているのは、“創造とは何か”という発想そのものなのではないか。だから、ビョークをはじめとした後続の表現者たちは、モンクの歌い方そのものではなく、創作や表現についての考え方を受け継いでいるように思えるのだ。
数々のアーティストに多大な影響を与え、2025年にこの世を去ったディアンジェロは、ブラックミュージックの深淵を追求した姿勢から、「ミュージシャンズ・ミュージシャン」と称されていた。それは、多くのプロのミュージシャンの参考になってきたということの、輝かしい称号でもある。
そう思えば、モンクもまたミュージシャンズ・ミュージシャンといえる。しかし、彼女が影響を与えた音楽家たちは、前述したように、その音楽性そのものというよりは、既存の表現を取らずに、新たな発想を次々に試すという創造性にこそ影響を受けているように感じられる。その意味でモンクは「クリエイターズ・クリエイター」と呼んだ方が、より正確なところなのかもしれない。
彼女の作品以上に、彼女の姿勢そのものが、他の表現者にとって創造のヒントになったのである。つまり彼女は作品を残しただけではなく、創造する人を生み出したアーティストだといえるのではないか。その意味では、アンテナを伸ばして、メレディス・モンクという存在を“見つけ出す”センスを持つことこそ、一つの才能といえるのかもしれない。