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『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』人々に創造性を!「クリエイターズ・クリエイター」たる生き様

©110th Street Films

『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』人々に創造性を!「クリエイターズ・クリエイター」たる生き様

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創作の源泉=自分を信じる



 面白いのは、彼女が夢の日記を書き、それを作品に活かしていることが分かる、劇中のアニメーションパートだ。普遍的な感覚を表現することを目指していたモンクだが、こうした個人的な体験や感覚を作品に還元しているのだ。そう、モンクは決して、自己を消してまで普遍を目指していたわけではない。彼女自身がパフォーマーとしてきわめて魅力的であることが、本作のなかで何度も示されているように、あくまで“自分”という存在を表現の軸にしているところが興味深いのである。


 夢を見たら、その夢を書き留める。身体に起きたことを観察する。歩き方や呼吸、自身の癖、パートナーとの交流など、生活のなかでの実感や経験、人生そのものを作品へ変換していく。多くの表現者が、「こんなものは作品にならない」と思って捨ててしまうような感覚までをも、彼女は一つ一つ形にしていく。まさに、“全身表現者”とでも呼べる人物である。自分の日常や身体を創作の源泉として信じられることこそが、彼女の強さなのだ。



『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』©110th Street Films


 自分という存在に強い価値を置き、それを前面に出していくという意味では、独特の声で歌い、同じく髪を三つ編みにしていたこともあるミュージシャン、矢野顕子を想起させるところもある。共通点は、作品と身体が決して切り離せないというところだろうか。


 超絶技巧を誇る演奏スタイルの矢野顕子だが、その演奏技術以上に、そこに彼女の人格や身体があってこそ彼女の作品になるという理解は、多くのファンが同意するところだろう。同じ曲を他人が弾いても成立することはない。モンクも同じである。彼女の作品は、楽譜や演出だけでは成立しない。モンクの存在そのものが作品といえるのである。


 そんなメレディス・モンクの作品や生き方から得られるギフトを、第一線のクリエイターだけに独占させるのはもったいない。より多くの人々が彼女から、感覚と表現、自己と創作を結びつける“秘密”を学ぶことはできるはずだ。


 彼女は、「人はどのように生きれば創造できるのか」という問いを、自らの人生を通して示し続けた表現者だ。そして本作『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』は、その作品群だけではなく、一つの生き方を記録したドキュメンタリーである。そこに映し出された、自分の感覚を信じて日々の経験を創造へと変えていく姿は、表現をしたいと思っているすべての人にとって有益なロールモデルといえるだろう。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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作品情報を見る



『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』

ユーロスペース他全国順次ロードショー中

配給:ユーロスペース

©110th Street Films

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