photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.
『オデュッセイア』ノーラン作品のすべてが収束する地点、そして新たな出発点へ
罪を抱えた者の帰還――戦争の重荷を引き受けるオデュッセウス
さて、オデュッセウスの帰還はいかに描かれるのか? 本稿で言えるのは、少なくともその帰還は勝利ではなく、戦争の重荷を引き受ける行為として描かれることだ。オデュッセウスはあくまで罪を抱えたまま歩み続ける。ノーランはホメロスの結末を“襲撃”ではなく“赦しと旅立ち”へと転じる。
この解釈は『オッペンハイマー』と地続きだ。知的探求の果てに禁忌へ踏み込み、滅亡装置を生み出してしまった人物の葛藤を描いた前作。その原作ノンフィクション「アメリカン・プロメテウス」(カイ・バード&マーティン・J・シャーウィンによる2005年刊行の伝記本。邦題は「オッペンハイマー 『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」)が示すように、神の火を盗んだ者の悲劇は、現代の火を盗んだ神プロメテウスとして「パンドラの箱」を開けた人類の寓話へと姿を変える。『オッペンハイマー』の主人公は、罪を背負い、帰るべき場所を失い、それでも前へ進むしかない存在として立ち上がる。こうした倫理的構図を踏まえ、ノーラン版『オデュッセイア』は古典を現代へ翻訳し、戦争の代償と帰郷の不可能性を、神話と現代の交点で鮮やかに描き切った。

『オデュッセイア』photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.
『オデュッセイア』は、ノーラン作品のすべてが収束する地点であり、同時に新たな出発点でもあるだろう。これは長い年月をかけて築かれた映画的思考が、ついにひとつの形を得た生成の記録である。過去の技法が結晶し、未来の可能性が芽吹く、その稀有な瞬間を捉えた21世紀の新しい神話創生だ。
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「シネマトゥデイ」「Numero.jp」「Safari Online」などで定期的に執筆中。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当。
『オデュッセイア』
全国ロードショー中
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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