2026.09.17
かき消される「小さな声」に耳を澄ませるために
私たちは本作を通じて、あの日、室内の閉ざされた空間で懸命に任務を全うしようとした人々の感情や視点を目撃する。そこで巻き起こる結末。為す術もなく突き落とされる巨大な無力感。モニター越しに必死に訴え続けるスタッフの姿には、当然イコールで結びつけられるものではないにしても、ガザの悲劇を知りながら何ら有効な手立てを講じることのできない世界市民と重なる部分がある。
私たちが目にするのは、たった一人の少女の物語ではない。ヒンド・ラジャブが発する音声データのあの浮き沈みする波形の向こう側には、おびただしい数の罪なき子供たちの存在があるのを忘れてはいけない。

『ヒンド・ラジャブの声』Ⓒ MIME FILMS - TANIT FILMS
世界秩序を蹂躙する為政者たちの「大きな声」ばかりがSNSやメディアで虚しく響く昨今。私たちは雑音に左右されることなく、それらにかき消された名もなき「小さな声」に耳をすませ、視界の向こう側の叫びに想像力を及ばせているだろうか。
本作が観客にもたらす無力感は計り知れない。が、それは決して絶望ではない。込み上げる怒り、苦悶、慟哭、祈りは私たちを根底から揺さぶり、大きな気づきを与えてくれるはず。まさに現代世界を生きる上で、向き合わずにいられない重要作と言えるのではないだろうか。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『ヒンド・ラジャブの声』
新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
Ⓒ MIME FILMS - TANIT FILMS