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どこにでもいる誰かの物語
15歳の中井聡子(姫野花春)は、鼻炎持ちの中学生。行きつけの耳鼻科で、いつもほげーっとした表情でネブライザー(吸入器)を鼻に突っ込んでいる。好物は、いかの塩辛。ソフトボール部では外野を守っているけど、口半開きでぼんやりしているから全然フライが捕れない。課外授業で歌舞伎を観に行っても、豪快に居眠り。それでいて同級生・早瀬くん(小川冬晴)への恋心だけは本気で、妄想ロマンスが大爆発中だ。
35歳の西田沙都子(有村架純)は、韓国カルチャーと姪っ子をこよなく愛する映画宣伝プロデューサー。考え事をすると、眉間にシワが寄るクセがある。「隠れた名作を世に広めたい」という入社時の初心はとうに擦り切れ、今は山積みの仕事に忙殺されながら、無難で広くウケそうなコピーをひねり出す毎日。印刷会社の営業・村本(オダギリジョー)とドロドロ不倫を6年間続けていて、ある日奥さんにバレて腹部を刺されてしまう。
55歳の飯島里子(石田ひかり)は、3人の息子の弁当を毎朝作り続けてきた主婦。話好きで、ついつい知らない人に話しかけてしまう。趣味はトランポリン。本当は小説家になりたいという夢があったけど、学生時代に結婚して、日々の忙しさの中でそんなことはとうの昔に忘れてしまった。だけど、ひょんなことから猛然と小説を書き始めることに。

『さとこはいつも』©2026 「さとこはいつも」製作委員会
『さとこはいつも』(26)は、鼻炎持ちの中学生、刺された不倫社員、かつての情熱を取り戻した主婦という、年齢も境遇もバラバラな3人の物語だ(ちなみに劇伴を手がけたのも、シンガーソングライターの柴田聡子=さとこ)。タイトルの「さとこ」は平仮名だが、3人の名前にはそれぞれ聡子、沙都子、里子と別々の漢字が当てられている。漢字が示すのはそれぞれの固有の人生、平仮名が示すのはどこにでもいる誰かという普遍性だ。
この普遍性は、ある奇妙な錯覚を観客に抱かせる。もしかすると彼女たちは、それぞれ別の時代を生きる同一人物なのではないか、と。実際、劇中にはそれを匂わせる共通点が散りばめられている。大好きないかの塩辛、文章を書きながら漏らす独り言のクセ。
極めつけは、沙都子が不倫相手に語る過去の思い出話だ。課題を居眠りして適当に書いた作文を先生に絶賛されたこと、そしてその教師が生徒を家に入れてクビになったこと。彼女の記憶は、15歳の聡子が体験した出来事と驚くほど一致している。
沖田修一監督自身、「厳密に言えば時系列的にも成立しませんが、ともすると3人が一人の女性に見えてくるような錯覚を生む構成にしたかったんです」(*1)と明かしている。その理由は、「書きたいけれど、書けない」という3人に共通するもどかしさを、世代を超えた一つのグラデーションとして描くためだろう。
だからこそ『さとこはいつも』は、手を取り合う連帯ではなく、それぞれが孤独に机に向かい、誰かの言葉に助けられる、もっとひとりよがりで、不格好な物語なのだ。