2026.09.30
ファッションによるペルソナ
ヴィオレットがファッション好きの少女だったことは、この事件のもっとも興味深い点といえる。少女はファッションによって、別人格のペルソナのイメージを作り上げた。ヴィオレットはファッションによってキャラクターを演じていたといえる。両親の言うことを聞く“模範的な娘”と、カルチエ・ラタンを徘徊する“悪の華”。クロード・シャブロルの『ヴィオレット・ノジエール』(78)で、ヴィオレット(イザベル・ユペール)が男性たちとの密会や恋人のジャンと会うホテルの鏡には、リリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスの写真が飾られている。聖女と悪女のイメージ。ヴィオレットは、相反する2つのイメージの間で引き裂かれているのではなく、聖女と悪女は彼女の中に同居している。ヴィオレットは愛する人を思い、鏡にキスする。シャブロルはイメージを反転させている。純粋さの象徴。ここでのヴィオレットは、黒いコートを纏った天使である。
流行を追っていたヴィオレットのファッションは、彼女が生きた時代のプレタポルテの普及や美容市場の発展と関わっている。経済的にそれほど余裕のない若い女性たちが、スクリーンのアイコンたちのエレガンスを模倣する。ヴィオレットはファー付きの黒いコートを纏い、メイクやヘアスタイル、ネイルに夢中になっている。それは憧れのイメージへの“変身”であるだけでなく、階級から逃避する手段だった。ヴィオレットはファッションによって、虚栄のペルソナ=上流階級の女性を創作する。出会う男性たちに、上流階級の生まれであると偽る。

『ヴィオレット・ノジエール』© 1977 – Filmel Production / Edition René Chateau.
ヴィオレットが暮らすアパルトマンは狭いが、決して貧しい家庭ではない。PLM(パリ・リヨン・地中海鉄道)という大手鉄道会社で機関士の職に就いている父親は、労働者階級の間では比較的高給取りの部類に入り、母親は専業主婦をしている(専業主婦であることは“特権”であり、世間体を意識した“見栄”といえる)。ヴィオレットの“変身”は、貧しい家庭の出身だった両親が、娘に良い教育を与え、自分たちの階級から脱出させたかった強い願いと、むしろ重なっている。そして、それは決して責められることではない。映画の中で母親のジェルメーヌ(ステファーヌ・オードラン)は娘を激励する。「偉大な運命を歩んでね」。
映画の中で、裸のヴィオレットが恋人のジャンにお姫様抱っこされ、ベッドに運ばれるシーンがある。裸のヴィオレットが、思いのほか小柄な女性であることに驚かされる。実際のヴィオレットは背が高く、スリムな体型だが、むしろこのシーンには、ファッションという装飾を剥ぎとられたヴィオレットのデリケートさ、か弱さ、幼さがよく表わされている。ユペールは小柄な体型だが、並外れた存在感がある。衣装を纏っているときは、実際より大きく見える。イザベル・ユペールという俳優の特性が活かされたシーンといえる。