1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ヴィオレット・ノジエール
  4. 『ヴィオレット・ノジエール』1930年代の“悪の華”、不透明なイメージ
『ヴィオレット・ノジエール』1930年代の“悪の華”、不透明なイメージ

© 1977 – Filmel Production / Edition René Chateau.

『ヴィオレット・ノジエール』1930年代の“悪の華”、不透明なイメージ

PAGES


女と女の物語、その後のヴィオレット



「決してすべてを見せてはいけない。つまりその人物に無意識があるとしたら、その人物は私と同じ無意識を持っていると考えるのが好きだ。意識は残りの部分、演出である。そして、これらすべてがうまく調和すれば、最終的な人物像が生まれるのだ。」(イザベル・ユペール)*


 『ヴィオレット・ノジエール』は、イザベル・ユペールという稀代の俳優に正当な評価を与えることをモチベーションに制作された映画でもある。当時のシャブロルは、カンヌ国際映画祭に自身の作品の出品を拒否していた。しかし、1977年のカンヌ国際映画祭でユペール主演の『レースを編む女』(傑作)が、主演女優賞を逃したことに憤慨したシャブロルは、『ヴィオレット・ノジエール』を映画祭への出品を前提に制作する。そして“復讐”は成功する。ユペールは見事、主演女優賞を獲得する。以後、シャブロルは晩年に至るまでユペールとの「叔父と姪」のような関係を築いていく。本作のユペールの演技に感銘を受けたマイケル・チミノは、『天国の門』(80)にユペールを招く。そして『天国の門』をアメリカで撮影中のユペールの元に、ジャン=リュック・ゴダールが訪ねてくる。ユペールはゴダールの商業映画復帰作『勝手に逃げろ/人生』(79)に出演することになる。この目も眩むような流れには、時代のダイナミクスがある。『ヴィオレット・ノジエール』には、『レースを編む女』へオマージュを捧げるように、ヴィオレットが縫い物をするシーンが挿入されている(母親のジェルメーヌは裁縫師であり、ヴィオレットのお洒落好きは母親譲りといえる)。



『ヴィオレット・ノジエール』© 1977 – Filmel Production / Edition René Chateau.


 『ヴィオレット・ノジエール』において、シャブロルとバルスキが書き加えた部分が興味深い。ヴィオレットが宿泊するホテルの客室係の女性とのエピソード。そして刑務所で共に過ごす女性囚人(ベルナデット・ラフォン)とのエピソードである。ヴィオレットのことを興味津々に観察する客室係は、同世代の彼女が纏うエレガンスと無意識の悲しみに親しみを寄せている。ホテルのクローゼットには、ヴィオレットの衣装が並んでいる。客室係の女性は、ヴィオレットの衣装を無断で着る。それは『女鹿』(68)におけるオードランとジャクリーヌ・ササールの関係を想起させる。『ヴィオレット・ノジエール』では、女と女が組み合わさる瞬間にとめどない美しさが生まれる。それはヴィオレットと友人のマドレーヌの無邪気な関係にも当てはまる。そしてラフォンが演じる囚人が画面に登場する。ヴィオレットは殺人の動機として近親相姦を告白する。女囚人は「それなら仕方ないわ」と同情する。ラフォンには、シャブロルの『美しきセルジュ』(58)で父親にレイプされる役を演じた過去があるのだ。


 そして女と女の組み合わせは、母親のジェルメーヌとの裁判、対峙によって頂点を迎える。ジェルメーヌはベール付きの喪服を着ている。ヴィオレットは犯行当日と同じ黒いコートを纏っている。許さない母親と許しを乞う娘。黒い衣装の対峙である。オードランとユペール。シャブロルのフィルモグラフィーを振り返る上で、これほどドラマティックな世代交代があるだろうか。ヴィオレットには死刑判決が下る。フランスでは1887年以降にギロチンの刑罰を受けた女性はいない。ジェルメーヌとの対質尋問の際、ギロチン刑を受けた“マリー・アントワネットの椅子”にヴィオレットを座らせなかったのは、伏線であり、まだ幼い少女への優しさである。ヴィオレットは死刑を免れる。シャブロルとユペールは、本作の10年後に『主婦マリーがしたこと』(88)で、再び死刑問題を扱うことになる。


 映画で描かれた物語には続きがある。ヴィオレットに判決が下った後、ジェルメーヌは娘の減刑を求めている。陪審員の男性たちは、裁判の3日後に減刑を嘆願している。ヴィオレットは終身刑に減刑される。ヴィオレットが金銭を貢いでいた恋人のジャンは、20代半ばで亡くなっている。そしてマルセル・ギヨーム警視によるヴィオレットの近親相姦を信じる内容が収録された回顧録が発表されたとき、この裁判の再審を求める声があがる(ギヨーム警視は、ジョルジュ・シムノンの著作でメグレ警視のモデルになった人物だ)。ヴィオレットは12年の刑期に減刑される。1945年、ヴィオレットは釈放される。刑務所の書記官であり会計士の男性の息子と結婚。5人の子供に恵まれ、亡くなる3年前にようやく名誉の回復を果たす。ヴィオレットはジェルメーヌの腕に抱かれて亡くなったといわれている。ユペールはヴィオレットについて次のように語っている。「彼女の犯した行為の恐ろしさは、彼女の苦しみと並ぶほどだ」。


*「Chabrol: Biographie」 Antoine de Baecque



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



今すぐ観る


作品情報を見る



『ヴィオレット・ノジエール』

「クロード・シャブロル傑作選 vol.2」

全国順次ロードショー中

提供:マーメイドフィルム 配給:コピアポア・フィルム

© 1977 – Filmel Production / Edition René Chateau.

PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. ヴィオレット・ノジエール
  4. 『ヴィオレット・ノジエール』1930年代の“悪の華”、不透明なイメージ