群衆心理のディストピア
※犯人について言及しているので、未見の方はご注意ください。
今回メガホンをとった清水崇監督は、野村版のオカルトホラー路線を踏襲しつつ、自身が長年磨き上げてきたJホラーの手触りで本作を染め上げている。特に里村慎太郎(小野塚勇人)と里村典子(永瀬莉子)が殺されるシークエンスは、純度100%の恐怖演出。謎解きそっちのけで、観客の肝を冷やしにかかる。
このアプローチが成功しているのも、犠牲者の数を大胆に絞り込んだからこそ。次々と人がサドンデスを迎える野村版に対し、清水版は春代や丑松といった重要人物すらカットアウト。キャラを絞り込むことで、ひとりひとりの死にじっとりと時間をかけ、底知れぬ恐ろしさを醸し出している。
金田一と辰弥がバスに乗る場面では、黒沢清作品で頻出するスクリーン・プロセスが背景に使われ(緑萌ゆる木々が次第にモノクロになるのが怖い)、双子の老婆である小竹と小梅(高島礼子の二役)は、ジョン・カーペンター監督の『光る眼』(95)ばりに目が発光。新キャラ登場時に明朝体で名前を画面に出す処理は、自身の出世作『呪怨』(99)の手法そのまんまだ。

『八つ墓村』©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA
圧巻なのは、真犯人・森美也子(堀田真由)の描写だろう。野村版でも美也子役の小川真由美が般若の形相で観客を震え上がらせたが、この映画はその遥か上をいく。尼子義孝の怨霊に完全に体を乗っ取られ、炎に包まれる田治見邸から逃げ出そうとする辰弥(奥智哉)を、天井から逆さ吊りで現れて首を絞めにかかるのだ。その顔面の恐ろしさたるや!
その一方でこの映画は、現代社会の闇もしっかりと炙り出す。不気味な仮面をつけて村人たちが舞う御神楽のシーン。やがて素顔を隠した匿名の人々は、連続殺人事件の元凶を辰弥だと決めつけ、集団で田治見家に押し寄せる。「一番怖いものは人の集団心理」と監督自身が語る通り、このオリジナル展開は現代のSNSにおけるネットリンチの構図そのものだ。
面白いのが、尾上松也演じるNEW金田一耕助の造形。頭を掻きむしるお馴染みの仕草を封印し、代わりに耳たぶをさわるという新たな癖が与えられている。仮面で目を隠す村人たち(=盲目的な偏見)と、耳を塞ぐ金田一(=ヒステリックなノイズをシャットアウト)という、対比構造になっているのだ。
実はこの仕草、演じた尾上松也本人からの提案で採用されたらしい。偶然とはいえ、この変更が目を隠す村人と耳を塞ぐ探偵という鮮やかなコントラストを生み出し、本作のテーマを深く際立たせている。