ボディホラーが描いてきた、親になる恐怖
思えばゾンビ映画というジャンルは、その出発点からして家族の物語だった。ザック・クレッガーがフェイバリットに挙げる『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)では、感染した少女が母親を刺し殺し、父親の亡骸を貪り食う。ゾンビとは、子が親を食らう恐怖として誕生した存在。キャンピングカーの少女は、その血筋を受け継ぐキャラクターでもある。
噛まれたブライアンのカラダは、内側でどんどん作り変えられていく。異物が体内に根を張り、触手が皮膚を突き破る。もはや自分のカラダは、自分のものではない。「寄生獣」を思わせるこの変容は、子どもを持つことへの恐怖をそのままボディホラーに翻訳したものだ。
続いて下水道でブライアンが出くわすのが、毛のない全裸の巨漢。途方もなく大きな白い腹が痙攣し、波打ち、裂けて、中から不気味な生物が解き放たれる。どう見ても、これは“妊婦”だ。腹から何かが産み落とされるこの光景は、ブライアンがいちばん恐れているものの、グロテスクなカリカチュアなのである。

『バイオハザード』
親になる恐怖を異形の身体で描くのは、ボディホラーのお家芸だ。『ローズマリーの赤ちゃん』(68)や『イレイザーヘッド』(77)しかり。デヴィッド・クローネンバーグに至っては、自身の離婚と親権争いを下敷きに『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)を撮っている。クレッガー版『バイオハザード』は、この系譜に連なる最新の一本といえるだろう。
そしてもうひとつ、ブライアンが父親になれない理由がある。彼自身が、まだ子どもなのだ。
監督はブライアンの演技のお手本として、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)のマーティ(マイケル・J・フォックス)、『ダイ・ハード』(88)のジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)、そして『ホーム・アローン』(90)のケビン(マコーレー・カルキン)の3人を挙げている。いずれも、筆者が10代の頃にリアルタイムで観た映画ばかりだ。
見逃せないのは、3人がいずれも“家族のために、たったひとりで奔走する主人公”だということ。両親の仲を取り持たなければ、自分が消えてしまうマーティ。別居中の妻を救うため、高層ビルに単身乗り込むマクレーン。置き去りにされた家を、ひとりで守り抜くケビン。大人なのはマクレーンだけで、残る2人は子どもだ。ブライアンの芝居は、2人の“息子”と1人の“夫”を混ぜ合わせて作られていた。子どもの映画のヒーローと、大人の映画のヒーローのあいだで宙づりになった男。それがブライアンなのである。