※本記事は物語の核心に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
『バイオハザード』あらすじ
主人公は、どこにでもいる普通の配達員のブライアン。“ある医薬品”をラクーン・シティに届ける仕事を受けたことから、悪夢の一夜が始まった。主人公目線でリアルタイムに進行する90分間。次々迫りくる恐怖の連続。なんの能力もない一般人にできることはただひとつ。逃げること。果たして彼は、90分後、生き残ることができるのか?
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レオンもアリスもいない、新『バイオハザード』
映画『バイオハザード』(26)は、公開前からプチ炎上状態にあった。かつてミラ・ジョヴォヴィッチが演じていたアリスも、ゲームの看板キャラであるレオンも出てこない。おなじみの顔ぶれがゼロの完全オリジナルストーリーに、ファンが猛反発。ザック・クレッガー監督本人もプロモーションを振り返って、「まるで謝罪ツアーを回っているような気分でした」(*1)とボヤいている。
だが、「原作に忠実かどうか」問題は、ひとまず脇に置いておこう。そもそも筆者は、プレイステーションで「バイオハザード」と「バイオハザード2」しかプレイしたことがないから、語る立場にもない。クレッガー自身が「たまたま『バイオハザード』の映画になったザック・クレッガー映画」(*2)と言い切っているように、この映画のキモはもっと別のところにある。
まず驚かされるのは、徹底した一本道ぶりだ。クレッガーは本作で、『バーバリアン』(22)や『WEAPONS/ウェポンズ』(25)で十八番だった時系列シャッフルを封印した。本人曰く、「この映画は、ある人物をA地点からB地点まで追いかけるだけ」(*3)。ステージは7〜8分おきに切り替わり、武器はハンドガンからMP5へとレベルアップしていく。ゲームのお約束を律儀にトレースした構成なのだ。

『バイオハザード』
そして、カメラのポジション。監督は撮影ルールとして「極限まで主観的であること」(*4)を掲げ、カメラをほぼずっと、主人公ブライアン(オースティン・エイブラムス)の肩越しから一人称視点に張り付けた。彼が振り向けばカメラも振り向くし、見上げればカメラも見上げる。観客は一瞬たりとも、彼のそばを離れられない。
そのカメラが延々と映し続けるのは、緑のクーラーバッグを抱えて走る男の背中。新しい『バイオハザード』は、「何かを抱えたまま逃げる男」にひたすら密着する映画なのである。では、彼が抱えている“何か”とは何なのだろう。
答えを先に言ってしまおう。「家族」だ。これは、ゾンビ映画の皮をかぶったファミリー映画。描かれるのは、父親になろうとする男と、まだ子どものままの男が、ひとつのカラダの中でせめぎ合う姿。それを、カラダがグチャグチャに作り変えられていくボディホラーに仕立てた、とびっきりグロテスクな一本なのだ。
実はクレッガーは、長編デビュー以来ずっと、モンスターの姿を借りて家族を描き続けてきた。『バーバリアン』の地下室に潜んでいたのは、閉ざされた家で生み出された巨大な“マザー”。『WEAPONS/ウェポンズ』では、“伯母”を名乗る謎の老婆が家族を丸ごと乗っ取ってしまう。これまでのクレッガー作品において、家族は外から侵入し、地下から這い出してくる恐怖だった。ところが『バイオハザード』では、その恐怖が主人公のカラダの内側から生まれてくる。