※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
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「普通」の少年と「特別」な少年
筆者は『我々は宇宙人』(26)を試写で観て、打ちのめされた。公開初日にもう一度観て、また打ちのめされた。
子どもたちの繊細な表情。一枚の画に何重もの意味を込めた構図。今にも手で触れられそうな背景。記憶の底をそっと撫でるような劇伴。どこを切り取っても圧倒的だ。しかもこれが、門脇康平監督の長編デビュー作だというのだからヤバすぎる。なんたる才能!
門脇監督は、1996年生まれの29歳。東京藝術大学デザイン科の在学中から短編を作り始め、実写とアニメを交えた『蝋石』でPFFアワード2017に入選。新卒でアニメーション制作会社に入り、独立後はYOASOBI「優しい彗星」のMVなどで注目を集めてきた。
異例なのは、その作り方だ。制作を外部のアニメスタジオに発注せず、本作を製作する「NOTHING NEW」内にスタジオを一から立ち上げた。門脇はキャラクターデザイン、作画監督、美術監督、色彩設計、編集までをほぼ一人で背負い、作画だけで3年半、構想から数えれば約5年をかけて本作を完成させた。しかも脚本より先に描き進めたのは、絵コンテだったという。時系列も決めないまま、頭に浮かんだ画を描いては切り、ボードに貼って並べ替えていく。物語より先に、まず強烈なイメージがあったのだ。

『我々は宇宙人』©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
物語の舞台はある田舎町で、主人公は二人の少年。内気で目立たず、「普通」であることに悩む後藤翼と、クラスの人気者で「特別」な存在の星暁太郎だ。小学3年生の春、翼は青と金の折り紙で手裏剣を折る。けれど誰にも見向きもされず、翼はそれを捨ててしまう。ところが、手裏剣はいつのまにか机の中に戻っていた。こっそり戻したのは、暁太郎だった。
翼の自己紹介カードには、好きな色「青と金」、特技「折り紙」と書かれていた。あの手裏剣は、翼が自分の「好き」と「得意」を全部込めた分身。暁太郎が拾ったのは、翼そのものだったのだ。
それでも、照れくささからか、自信のなさからか、翼は手裏剣をもう一度川に投げ込んでしまう。思い直して取りに戻ると、土手の上から見下ろした川べりに、手裏剣を拾い上げた暁太郎がいた。言葉を交わす二人。川面が太陽の光でキラキラと輝く。こんなふうにして、翼と暁太郎の友情が始まる。
暁太郎は、翼の世界を広げてくれる存在だ。横断歩道のボタンを回すと早く青になる。このトンネルは変な歩き方をしないと死ぬ。鉄塔の真下から見上げると、見たことのない景色が広がる。なんてこの世界は楽しくて、面白いんだろう!
シーソーに乗った暁太郎が「俺の相棒にならない?」と訊き、翼が「いいよ」と答える。このとき板はぴたりと水平で、どちらにも傾いていない。完璧なバランス。この映画でいちばん幸せな瞬間だ。
だが、シーソーは二人が乗って初めて水平になる。どちらか一人が降りてしまえば、残されたもう一人は、地面に叩きつけられるしかない。映画は次第に、不吉な様相を呈していく。