傾いたシーソー
翼は習字が得意だ。だけど実は、二度書きをしている。まず輪郭だけをなぞり、あとから中を塗りつぶして仕上げるのだ。形を先に整えて、中身をあとから埋める。自分の好きな色で手裏剣を折っていた少年は、いつのまにか「普通」の型をなぞる子どもになっていた。
思えば、自己紹介カードの「将来の夢」の欄も、ほかのみんなはそれぞれの夢を書いているのに、翼だけが空欄のまま。きっと、「普通」から外れた答えを書いてしまうのが怖かったのだろう。人の目ばかり気にする少年は、未来の夢すら空っぽで提出してしまう。
一方の暁太郎は、そもそも輪郭を持たない少年だ。自己紹介カードの字は枠から盛大にはみ出し、「悪いやつはおれがたおす」、「相棒ぼしゅう中」と、書かなくていいことまで書き殴っている。思ったことは全部口に出し、やりたいことは全部やる。中身がそのまま外にあふれ出している子どもだ。だけど「普通」を求められる教室で、輪郭を持たない彼の居場所は、日に日に削られていく。

『我々は宇宙人』©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
均衡を崩したのは、一本の傘だった。暁太郎がふざけて翼の母親の傘を振り回し、壊してしまう。学校でも素行が悪い彼の態度は親たちのあいだで問題になり、翼は母親から付き合いを控えるよう言われる。学年が上がるにつれて、翼にとって暁太郎は「世界を広げてくれる友達」から「めんどうな奴」へと変わっていく。
やがて訪れる、決定的な事件。下駄箱の前にいた暁太郎のもとへ、メダカの水槽を抱えた同級生の小夏が近づいていく。その瞬間、頭上から落ちてきたのは、暁太郎が卒業制作で作った粘土細工。水槽に直撃して、小夏はケガを負う。落としたのは、上の階から暁太郎を見下ろしていた翼だった。
メダカの水槽は、小さな魚たちが閉じ込められた小さな世界。それはそのまま、子どもたちが閉じ込められた教室の姿でもある。閉じた世界が揺さぶられたとき、そこから弾き出されるのは、いつも「普通」からはみ出した者のほうなのだ。
暁太郎は犯人扱いされ、小夏も彼を庇おうとはしない。かつてクラスの人気者だった少年は、この日を境に誰からも相手にされなくなる。
二人が相棒になったとき、シーソーの板はぴたりと水平だった。だけど今、翼は上の階にいて、暁太郎は下にいる。上にいる者は罪を免れ、下にいる者がすべてを背負わされる。一人が降りたシーソーで、残されたもう一人は、無惨に地面へと叩きつけられてしまったのだ。