マーベルコミックと日本の特撮ヒーローから誕生
デイビソンは、日本の特撮やアニメ、漫画のカルチャーに大変感銘を受けており、ロボコップというキャラクターをクリエイトしていく上で、『8マン』や『宇宙刑事ギャバン』など、それらのエッセンスをアイデアとして入れるべきだと、煮詰まっていたボッティンに提案した。当時バンダイに所属し『宇宙刑事ギャバン』 のデザインを担当した村上克司へ、デイビソンはヴァーホーヴェン監督の自筆サイン入りの手紙を送付。ここまでして日本のヒーロー文化をハリウッド映画へ入れたかった理由を、デイビソンは鼻息荒く語る。
「ヴァーホーヴェン監督はキリストの復活みたいなイメージを持って、殉職した警官アレックス・マーフィを描こうと撮影に挑んでいた。しかし、私の方はちょっと違っていたんだ。人間だったはずが、死んだ後に自分自身の意志とは無関係にフランケンシュタイン博士の手によって造られたような悲しさと、家族がいた時からの絶望感と孤独さを表現できたら、悩めるヒーロー像が作れるのではないかと思ったんだ。」
『ロボコップ』© Photofest / Getty Images
すぐにバンダイ側から返事が届き許諾を得たことで、『ロム スペースナイト』と『宇宙刑事ギャバン』のデザインを組み合わせ、遂にロボスーツは完成へと至る。余談だが『ロム スペースナイト』との関係があったことで、『ロボコップ』はのちにマーベルでアニメ化されたり、コミックが出版されたりと蜜月な関係が発展していった。
ロボスーツの完成に時間がかかったり、そのスーツに入るピーター・ウェラーとのリハーサルに多大なる時間が割かれたことで、ヴァーホーヴェン監督だけでは撮影が撮りきれないと判明。そこでデイビソンは『ピラニア』や『ハウリング』(81)の現場で一緒だった編集マンのマーク・ゴールドブラッドが『コマンドー』(85)の編 集作業が終わった直後で暇していたタイミングを見計らい、『ロボコップ』の第二班監督へ抜擢。なんとか映画を完成させる。
ここまで読んでお分かりの通り『ロボコップ』を大成功へ導いた影の立役者はプロデューサーのジョン・デイビソンなのである。彼の持つ人脈でスタッフがかき集められ、ヴァーホーヴェン監督を裏で支えていったのは、脚本の素晴らしさに惹かれたスタッフたちの情熱があったからではなかろうか。そしてデイビソン、ニューマイヤー、マイナーの3人の懐には現在『ロボコップ』の印税が毎年何もしなくても相当な金額で入ってきているとのこと。
ハリウッドは一本映画を当てるだけで家が建つと言う。まさに名も無き面々が主導して作ったアイデア勝負の低予算映画な『ロボコップ』こそ、米国を暗に皮肉りつつアメリカンドリームを体現できてしまった珍しさも手伝い、何度鑑賞しても飽きることのない最高のマスターピースだ。そして筆者のオールタイムベストワンなのである!
文: ジャンクハンター吉田
本名、吉田武。ゲーム&映画コラムニスト、交通ジャーナリスト。11年前の交通事故の後遺症が悪化し右足を切断後、約半年間の休養から現在職場復帰を目指しつつ、12本抱えていたレギュラーワークを3本に絞ってメンタル部分もリハビリ中なほぼ無職。2019年4月に東京都北区から区議会選挙に出馬するべく政治活動の下準備中。