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重厚でドラマチックなオスカー受賞作『ディア・ハンター』に潜む、さらにドラマチックな事実とは?
2018.12.12
陽気なパーティ・シーンより短く、しかし鮮烈な戦場シークエンス
ともかく、『ディア・ハンター』が名作であることは、現在も多くのファンがいることからも明らかだ。改めて、そのドラマチックな物語を簡単に振り返ってみよう。始まりは、1967年、米ペンシルバニア州の鉄鋼の町。この町に住むマイケル、スティーヴン、ニックの3人はベトナムに出征することになり、スティーヴンの結婚式に併せて壮行会が行なわれていた。賑やかなこの場面では、彼ら3人がどこにでもいる陽気な若者であることが示される。飲んで歌って踊って、そのさなかにニックは女友達リンダに結婚を申し込む。とにかくハッピーな場ではあるが、後の彼らの悲劇を暗示する場面もある。パーティが行なわれているバーのカウンターで、浮かぬ顔で呑んでいる軍人、そして一滴もこぼさずに飲み干すと幸せになれるというペアの杯でスティーヴと酒をあおった新婦のウェディングドレスに付着するワインのシミ……。
ちなみに、この結婚式のシークエンスは40分以上続く。前年のアカデミー撮影賞受賞作『未知との遭遇』(77)に続き、撮影監督を務めたヴィルモス・ジグモンドによると、脚本ではこの場面は5ページほどしかなかったとのこと。それゆえ、完成した映画を見て、パーティの場面が延々と続くことに驚いたと語っている。
『ディア・ハンター』 (c)1978 STUDIOCANAL FILMS LTD. All Rights Reserved.
翌日3人が仲間たちと鹿狩りに行くエピソードを挟み、舞台はベトナムの戦場へ。ベトナムのシークエンスは結婚式よりも短い30分ほどで、戦闘の描写はほとんどない。にもかかわらず強烈なインパクトがあるのは、”ロシアンルーレット”のおかげだろう。予算の都合で大掛かりな戦闘シーンをつくることはできないが、戦場で兵士が抱く”偶発的な死を待つ恐怖”は何が何でも描かなければならない。そこでチミノは捕虜となった兵士たちが強いられるロシアンルーレットを採用。6連発銃に一発だけ弾を込め、ふたりのプレーヤーが自分のこめかみに銃を当てて一度ずつ引き金を引く死のゲーム。捕虜となったマイケル、スティーヴン、ニックもこれを強要され、“偶発的な死を待つ恐怖”により正気を失っていくのだ。
『ディア・ハンター』 (c)1978 STUDIOCANAL FILMS LTD. All Rights Reserved.
戦争の狂気をまざまざと見せつけるこの場面、全米公開時には緊張のあまり席を立ってトイレで嘔吐したり、失神したりする女性客もいたというから、衝撃度の凄さもうかがえるというものだ。また、マイケル役のロバート・デ・ニーロ、スティーヴン役のジョン・サヴェージ、ニック役のクリストファー・ウォーケンは、いずれも悲惨な戦場を体現するため、ひと月の間、同じ戦闘服を着続けた。着替えも髭剃りもシャワーも禁止。撮影現場には3人の悪臭が漂っていたという。