ハードボイルドというジャンルに新しい光を当てる果敢な挑戦
まるで監督のロランや製作陣が原作者ピゾラットと決裂したかのように書いてしまったが、プロデューサーの発言によると、事態はもう少しややこしく、またピゾラットが原作を改変されて怒り狂ったというわけでもないようだ。
というのも、完成した作品を観たピゾラット側の見解は、あくまでも「これは自分が単独で書いた作品とは言えない」というもので、ピゾラットとメラニー・ロランの共同脚本名義にすることも検討されたのだが、脚本家協会の規定では共同名義が認められず、妥協案として変名でクレジットすることになったのだという。
ピゾラットが作品に満足なのか不満足なのかはわからない。ただ、ロランと俳優陣が加えた繊細なニュアンスが作品全体に及ぼした影響を見抜いたという意味において、ピゾラットは的確な判断と批評を下したと言える。
またロラン自身も、本作の監督オファーを引き受けた時点で、原作やピゾラットの脚本とは違うテイストの作品になるだろうと考えていたという。ロランは「フランスの女性監督である自分に話が来た時点で、プロデューサーは従来のアメリカ的なジャンル映画とは違うものを期待しているのだと判断した」と語っている。それでいて物語の骨子を変えることなく、ファニングやフォスターと共にキャラクターの感情をリアルなものとして育て上げた。その成果によって、『ガルヴェストン』はよくあるジャンル映画からはみ出して、なんとも切ないヒューマンドラマに仕上がったのだ。
『ガルヴェストン』(c)2018 EMERALD SHORES LLC –ALL RIGHTS RESERVED
付け加えるなら、ロランは原作が持つハードボイルドやバイオレンスの要素にも真正面から向き合っており、感傷に溺れない絶妙なバランス感覚も評価されるべきだろう。ロランによって女性の視点が加わったと解説するのは容易いが、彼女はそんな単純な演出で満足しているわけではない。つまりロランはジャンル映画を否定しているのではなく、自分なりのアプローチで探求したのであり、『ガルヴェストン』が犯罪ハードボイルドというジャンルの可能性を広げてくれたことは間違いないように思うのである。
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
『ガルヴェストン』
2020年5月17日(金) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト:http://klockworx-v.com/galveston/
(c)2018 EMERALD SHORES LLC –ALL RIGHTS RESERVED
※2019年5月記事掲載時の情報です。