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  4. 若きスティーヴン・モリッシーを描いた『イングランド・イズ・マイン』は、何故あなたの心に響くのか?
若きスティーヴン・モリッシーを描いた『イングランド・イズ・マイン』は、何故あなたの心に響くのか?

若きスティーヴン・モリッシーを描いた『イングランド・イズ・マイン』は、何故あなたの心に響くのか?


音楽こそが救いーー主人公スティーヴンと監督の共通点



 閉塞的なドラマにも希望はある。数少ない昼間の屋外シーンのひとつに、スティーヴンが女友達のリンダーとベンチに座って会話をする墓地の場面がある。リンダーは実際に、当時のモリッシーに大きな影響をあたえたアーティストで、ボーカルを務めたルーダスという伝説のポストパンク・バンドでザ・スミスより約3年早くレコード・デビューを飾っている。ちなみにモリッシーは本作で描かれたように、彼女と詩を引用した会話を墓地でしており、それはザ・スミスの楽曲“Cemetry Gates”の歌詞のヒントにもなった。


 リンダーに背中を押されたスティーヴンは地元のバンド、ノーズブリーズのボーカリストとして初めてステージに立つ。映画ではスティーヴンがノーズブリーズの一員としてギグを行なったのは、この一度きりだが、実際には2度ステージをこなした後、ギタリスト、ビリー・ダフィの脱退によりバンドは解散した。




 初めてのステージを終えての高揚を、ギル監督は共感とともに描いた。というのも映画監督になる以前、彼もまた同郷のザ・スミスに憧れ、ロックバンドで身を立てることを夢見ていたのだ。1990年代に入り、その夢は実現する。ザット・アンサータン・フィーリングというバンドのフロントマンとして、マーク・リーの名でデビュー。このバンドが残した唯一のアルバムは、日本でもリリースされていたとのこと。


 その後、ニュー・オーダーのピーター・フック率いるモナコのツアー・メンバーにギタリストとして参加。2001年にはザ・レイン・バンドを結成し、こちらも一枚のアルバムを残している。


 その後、ギルは音楽の道を断念、フィルムメイカーを志して、初めての短編が米アカデミー賞にノミネートされる快挙を達成。この授賞式に出席するために飛んだロサンゼルスでビリー・ダフィと出会い、『イングランド・イズ・マイン』の企画が動き出すのだから、人生、何が起こるかわからない。



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