問題のシーンと時代背景
さて、冒頭で今なら炎上すると書いたが、問題なのはダン・エイクロイドがブラックフェイス(顔を黒塗りにする)シーンと、老兄弟がNワード(黒人蔑視語)を使用する箇所だ。今なら確実にSNSなどで炎上するであろう。だが当時は炎上しなかった。それで思い出したのが、今年2019年の2月に発覚した、バージニア州知事のラルフ・ノータムと同州司法長官のマーク・へリングの大学時代の写真スキャンダルだ。この作品が公開された次の年である1984年に2人はブラックフェイスとクー・クラックス・クラン(白人至上主義秘密結社)の姿で大学の卒業アルバムに載っていたのだ。今になって見つかって大問題となったのである。
『大逆転』(c)Photofest / Getty Images
この映画が公開された1983年はそんな時代で、今のようなポリティカル・コレクトネスはハリウッドで根付いていなかった。1983年は、後に女優となるヴァネッサ・ウィリアムスが黒人として初めてミス・アメリカに選ばれ、そしてマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の誕生日が祝日となった年。キング牧師の祝日もすんなり決まった訳ではなく、紆余曲折あってようやく実現したのだ。そして、12月にはジョン・ランディスが監督したマイケル・ジャクソンの『スリラー』のミュージックビデオがMTVにて初めて放送され、今までとは全く違うストーリー仕立ての展開とマイケル・ジャクソンの美しい声と踊りが世界を席巻、徐々にブラックカルチャーが一般にも受け入れられつつある年だった。
実は、先で触れたようにエディ・マーフィの先駆者であるリチャード・プライヤーが出演していた『大陸横断超特急』の中で、ジーン・ワイルダーもブラックフェイスで少し登場している。そしてやはりその時は、さほど問題視されなかった。しかし、『大逆転』後に公開となった『ミスター・ソウルマン』(86)は公開前から大論争となった。主人公はハーバード大学の法学部に合格したが、訳あって学費が払えなくなったので、黒人だけが貰える奨学金欲しさに、黒人に化けて貰おうとする物語だ。この映画が巻き起こした論争もあり、時代は変わっていった。
この状況をハーバード大学のアフリカ系アメリカ人歴史学の責任者であるヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアがこう言っている。「今の時代はデジタル化され、アーカイブへのアクセスが最大限でき、メディアの多様性が増しているため、これら(ブラックフェイスなど)の映像・画像が我々に痛みをもたらすことを学んだ。だから今は使うべきではないんだ」。今は、ハリウッドも我々も無知ではなくなって前進しているということなのだ。
変わらない最高なエディ
この映画の中のブラックフェイスについて、覚えていて憤慨したか?と、私と同世代のアフリカ系アメリカ人に訊ねてみた。「そのシーンがあったことすら忘れていたし、映画は今も好き」だという。そして「エディ・マーフィはスーパースターだったんだ。エディのあの活躍が誇らしかった。だから、エディが見たかっただけ。そして最高だった」と答えてくれた。アメリカでも日本でも、同じ年頃の子供が感じていたことは同じ「面白い!エディ・マーフィ、最高!」で、今も同じであった。エディ・マーフィとこの映画の輝きは、時代がどう変化しても変わらないのだ。
文: 杏レラト<あんずれらと>
雑誌「映画秘宝」(洋泉社)を中心に執筆。著書『ブラックムービー ガイド』(スモール出版)が発売中。
(c)Photofest / Getty Images