『ドリーム』傑作ヒューマンドラマを裏で支えた3人の女性とは

『ドリーム』傑作ヒューマンドラマを裏で支えた3人の女性とは

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NASAの宇宙開発をめぐる“知られざる女性たち”の活躍



 スクリーンを通じて勢いの良い風が身体の芯をビュンと吹き抜けていった。世の中には、観ているだけで底知れぬ元気をもらえる映画があるが、本作から受け取る痛快なエネルギーと気持ち良さは格別だ。何よりもNASAの宇宙開発、性差、肌の色をめぐる逆境への挑戦という3つの壁に立ち向かう人たちが描かれている点がたまらない。そして各々の躍動はやがて一つになる。登場人物たちはそこで強く連帯し、エンジンから勢いよく炎を噴射させながら、まるでこの映画の存在そのものを空高く飛翔させていくかのよう。その光景を見上げる私たちも、人類の偉業に立ち会ったかのような臨場感を味わいつつ、そこで語られる“知られざる歴史”に大きく知的好奇心を掻き立てられることだろう。


 そう、これは“知られざる歴史”なのだ。60年代、ヴァージニア州のハンプトンにあるNASAのラングレー研究所には、“ヒューマン・コンピューター”という役割を担う女性たちの存在があった。“compute”には「計算する」という意味がある。当時、宇宙開発につきものの膨大かつ複雑な計算をこなすのはこの部署の女性たちの仕事だった。起用されたのはいずれもこの道を極めた数学者たちばかり。中にはアフリカ系アメリカ人たちも数多く在籍し、当初、白人職員とは異なる西側の建物で職務にあたった彼女たちは“ウェスト・コンピューティング・チーム”とも呼ばれた。




 どれだけ優れていてもアフリカ系女性がなれる職業といえば「学校教師」が精一杯と思われていた時代、メインとなる3人のヒロインたちは逆境に立ち向かいながらも存分に才能の羽根を広げ、それぞれがNASAの宇宙開発に多大な貢献をもたらす存在となっていく――――。この彼女たちの生き様や功績そのものが、女性でありアフリカ系である人々がキャリアを築く上での大きな礎となったことは言うまでもなく、それが国家プロジェクトでもある宇宙事業に直接的に結びついていた事実は、米国史においても極めて重要なシンボル的意味合いを含んでいると言えるだろう。


 興味深いことに一般的な米国民は、この映画『ドリーム』で描かれる事実についてこれまで何も知らなかったという。それゆえ提示された内容に「こんなことがあったのか!」と熱く心を震わせ、人から人へと口コミの輪が広がり、本作は硬派なヒューマンドラマとしては極めて珍しい大ヒット、そしてアカデミー賞各部門へのノミネートへと繋がっていったのである。


原作者が生まれ故郷でこの史実を見つけるまで



 映画本編では主人公となる3人の女性たちにスポットが当てられているが、そもそもアメリカ人の多くが知らなかったという彼らの物語が掘り起こされるきっかけは何だったのだろうか。そこで本稿ではあえて舞台裏で本作誕生に貢献した3人の<hidden Figures(隠れた人物たち)>に焦点を当ててみたい。まず注目すべきは他でもない、この史実を掘り起こした人物、原作者のマーゴット・リー・シェタリーだ。


 彼女はヴァージニア州のハンプトン生まれ。本作の舞台となるNASAのラングレー研究所のお膝元で育ち、父親もまたここで研究員として働くアフリカ系アメリカ人だった。2010年、休暇中の彼女が久方ぶりの帰郷を果たすのだが、この時に再会した日曜学校の先生が、実はかつてNASAに勤務する数学者だった事実が、彼女の好奇心のスイッチを刺激する。父の証言によると「むかしは人種を問わず、ハンプトンに暮らす多くの女性たちがヒューマン・コンピューター(計算手)として勤務し、宇宙開発を支えていた」という。その事実を糸口に、マーゴット・リーはこれまで全く意識していなかった故郷の“思いがけない側面”の虜になっていく。もしかするとこの史実は、ハンプトンというコミュニティ内にてあまりに当たり前だったからこそ、これまで注目を集めることがなかったのかもしれない。それが改めて外から光を照射したことで、“語るべき物語”であることが改めて認識されたわけなのだ。




 彼女は日曜学校の先生を皮切りに、「計算手」だった数多くの女性たちへのインタビューを展開。その中にはもちろん、本作のメインとなるキャサリン・G・ジョンソンの存在もあった。その後、歴史の陰に“隠れた人物たち”を発掘し本にまとめる覚悟を決めた彼女は、この取材や研究のための助成金などを受け、NASAの所蔵する資料や公文書などにもアクセスしながら大規模なリサーチに着手するのである。


たった55Pの企画書の中に原石の輝きを見出す



 作者マーゴット・リーの奮闘は、結果的に2010年の取材着手から実に5年余りの歳月を要するものとなった。だが、さすがにこの「誰も知らなかった」題材は執筆中から多くの関係者の関心を集めた。そこで本作は代理人を立て、執筆作業と並行して映画化権をめぐる交渉が展開していくことになる。


 そうした中で、ついに敏腕女性プロデューサー、ドナ・ジグリオッティ(『恋に落ちたシェイクスピア』、『愛を読むひと』)が権利獲得に向けてテーブルに着く。彼女は本作をめぐるたった55ページの企画書の中に原石の輝きを見出し、この題材によってもたらされる驚きと感動を一本の映画として具現化していくことを決意するのである。ちなみに原作本のあとがきにはジグリオッティについて「これまで出会ったあらゆるプロフェッショナルのなかでも、抜きんでた才能のもちぬし」との賛辞がしたためられているが、こうした箇所からもまさに彼女の目利きと推進力がこの映画に無くてはならない大きな歯車となったことが伺えよう。


NASAに勤務経験のある女性脚本家を起用



 ジグリオッティは映画化権を取得した後、これからどうすべきかを考えた。まずはこの専門性の高い内容を2時間の映画にふさわしいストーリーへまとめあげなければならない。それにはこの分野に造詣の深い才能が不可欠だ。そこで白羽の矢が立ったのが、特殊な経歴と家族構成を持つ女性脚本家、アリソン・シュローダーである。というのも、彼女の祖母はNASAにプログラマーとして勤務し、祖父はマーキュリー計画の技術者として参加、そしてアリソン自身も大学で数学を学び、NASAにインターンとして勤務した経歴の持ち主なのだ。


 「“ヒューマン・コンピューター”のことは知っていたけれど、アフリカ系アメリカ人のチームがあったことは全く知らなかった」と語る彼女。だがその手腕はさすがといっていい。複雑な計算や数学の理論をセリフやト書きに散りばめながらも、決して観客に難解さを感じさせることがない。むしろ彼女自身も経験した「こんな史実があったなんて!」という知的興奮を持続させながら、NASAの組織の多様性、困難を超えていくヒロインのチームワークを描ききってみせる。それらの勢いがエンジンに火をつけ、やがて強力な噴射によって強烈なダイナミズムを伴う“物語”として昇華されていったのである。


 このように本作『ドリーム』製作の過程には、原作者、製作者、それから脚本家といった3人の女性たちのバトンを繋ぐようなリレーが存在した。そこには何よりも本人たちが、史実から得た驚きと感動をそのままの熱量で伝えようとする思いが刻まれている。その熱量はキャストやスタッフたちにも幅広く浸透していったことだろう。




 時代はトランプ政権へ移り、目に見えて人種間の衝突のニュースが増え続けている。こうした社会の分断を意識せざるをえない状況への解決法が求められているタイミングで、まるで過去から現代へ向けたメッセージのごとく生を受けた本作。この感動と躍動は、ひとたび触れると必ず誰かに伝えたくなる。そうせずにいられなくなる。原作者、製作者、脚本家へとバトンが渡ったように、きっと私たちもこの思いを胸に、絶え間ないリレーを続けていくのだろう。その意味で、本作は人々をつなげ、感動を共有させてくれる。世界が分断に向けて滑り落ちているかのような今日に、まさにそのヴィジョンにおいて私たちを広く包み込んでくれる映画といえるのである。


思いがバトンをつなぐ傑作『ヘルプ』



 ちなみに、こういった作品の存在自体が、人から人へ、何かしらのバトンを手渡してくれる作品は他にも数多く存在する。中でも『ヘルプ~心がつなぐ物語~』はその筆頭。『ドリーム』と同じ60年代、地元新聞で家庭欄の“代理コラム”を執筆し始める白人女性と、彼女に様々な知恵を提供するアフリカ系のメイドたちが友情を結び、コミュニティにおける爽やかなムーブメントを巻き起こす物語である。


 やがてアフリカ系の人々の口からは、これまでの過酷な暮らしが堰を切ったように語られ始め、それを受けた主人公が“代理”で社会へ発信するという連携プレーが相乗効果を生んでいく。大切なのは、お互いに意識を傾け合い、これまで“当たり前だったこと”に外からの新たな光をあてること。そうやって登場人物の口から彼ら自身の“物語”が掘り起こされていく過程は、どこか『ドリーム』の史実が発掘された過程とも似ている。


 これらの作品は共に、人が対等な関係性を築き合い、互いに同じ方向を見つめて歩むことの意義を投げかけてくれるはず。どちらもこの時代が必要とする大きな器を持った作品と言えるし、きっとあなたの心の中にも爽やかな風を吹き込ませ、不可能の壁を越えるヒントをあたえてくれることだろう。


参考文献:「ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち」(マーゴット・リー・シェタリー著、山北めぐみ訳、ハーパーBOOKS)


作品情報を見る


9月29日(金)TOHOシネマズシャンテ他、勇気と感動のロードショー!

配給:20世紀FOX映画

公式サイト: http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/

ⓒ2016Twentieth Century Fox

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