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『太陽の帝国』スティーヴン・スピルバーグを「社会派」に躍進させた記念碑的作品

『太陽の帝国』スティーヴン・スピルバーグを「社会派」に躍進させた記念碑的作品

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監督の悲願がなし得た「中国ロケ」の圧倒的映像美



 J・G・バラードの原作小説に魅了されたスピルバーグは、映画化に向けてさまざまな構想を練っていた。まずバラードの原作の基に、映画用の脚色を施すわけだが、スピルバーグは脚本にトム・ストッパードを起用した。英国演劇界で活躍する劇作家のストッパードは、戯曲を執筆するかたわらで、映画の脚本家としても頭角を現わしていた。『太陽の帝国』のひとつの前には、カルト映画として名高い『 未来世紀ブラジル』(85)の脚本を担当し、オスカー候補となっていた。


 ストッパードが書いた脚本はバラードの原作に極めて忠実だった。それもそのはずで、原作の少年にとても共感したというスピルバーグは、原作を忠実に、エッセンスをそこねないよう、原形をとどめた脚色をストッパードに命じたという。


 また音楽には、いまやハリウッドの伝説的作曲家となったジョン・ウィリアムズを起用し、壮烈かつ繊細なスコアで少年のロマンと戦争の悲惨さを物語った。スピルバーグにより発掘されたクリスチャン・ベールは、約4,000人以上の候補者の中から選ばれ、主人公の少年役としてスクリーン・デビューを飾った。さらにプロダクション・デザイナーには『 レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)で組んだノーマン・レイノルズを招聘。製作には、スピルバーグの盟友、キャスリーン・ケネディとフランク・マーシャルを迎えるなどし、徹底した布陣となった。そしてスピルバーグは、この映画に“中国ロケ”が必要不可欠であると痛感していた。

 


 スピルバーグは映画の舞台となる戦前の上海のイメージを求めて、ブエノスアイレス、ウィーン、リバプール、ストックホルム等々のイメージに近い街をしらみ潰しにロケハンするも、無駄に終わった。上海のような、欧州文化と中華文化の融合を見る独特の芳香は、やはり世界中のどこを探しても上海しかなかったのだ。スタッフは揃っている。あとは中国ロケに向けた、中国との根気のいる交渉次第だったわけだ。スピルバーグは、およそ4年に及ぶ歳月の末に、ハリウッド映画としては、第二次世界大戦後初となる中国ロケを勝ち取ったのだ。


 上海映画公社の協力もあって、撮影は大規模なものとなった。約500人のクルーを率いて中国の土を踏んだスピルバーグは、約1万5,000人のエキストラとともに16週間の長期撮影を敢行。戦前の香りを残す上海の街並みは、撮影監督アレン・ダビオーの技巧によって、鮮烈に映し出されている。すし詰め状態の圧倒的エキストラと、上海に屹立する西洋風の建築物、そして日本軍の侵攻によって混沌とする租界周辺の風景は、中国ロケという監督の悲願によって成し遂げられた、唯一無二の映像的価値を感じるはずだろう。



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