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『アウト・オブ・サイト』スティーヴン・ソダーバーグのキャリアを救った、エルモア・レナード原作の犯罪コメディ

Fim (C) 1998 Universal Studios. All Rights Reserved.

『アウト・オブ・サイト』スティーヴン・ソダーバーグのキャリアを救った、エルモア・レナード原作の犯罪コメディ

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排水の陣で挑んだソダーバーグの“エンタメはじめました”



 ところが1995年にジョン・トラボルタ主演の『ゲット・ショーティ』がヒットしたことで、ハリウッドでにわかにレナードブームが巻き起こる。1997年にはポール・シュレーダー監督の『TOUCH/タッチ』、タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』が公開。そして『パルプ・フィクション』と『ゲット・ショーティ』を製作したジャージー・フィルムズが、96年に出版されたばかりの新作小説の映画化に取り組んだのが『アウト・オブ・サイト』だった。


 ジャージー・フィルムズが最初に思い描いた監督候補は『ゲット・ショーティ』のバリー・ソネンフェルドだった。しかし話がまとまらず、キャメロン・クロウやマイク・ニューウェルにも声がかかった。そこにソダーバーグの名前を持ち出したのは、当時ユニバーサル映画の責任者だったケイシー・シルヴァーという人物。ソダーバーグは2017年の来日時にも「自分を信じてくれた恩人」としてシルヴァーの名前を挙げていた。



Fim (C) 1998 Universal Studios. All Rights Reserved.


 さて、『アウト・オブ・サイト』の話が舞い込んだ時、ソダーバーグは絶体絶命の窮地にいた。成功したのはパルムドール受賞のデビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』(89)のみ。その後に発表した作品は酷評されるか大コケ。フラストレーションを募らせて故郷バトンルージュに舞い戻り、監督・主演・脚本・撮影・編集・音楽をひとりで手がけた低予算不条理コメディ『スキゾポリス』(96)を自主制作したが、ほとんど存在すらも無視されてしまった。


 そんなソダーバーグにシルヴァーから『アウト・オブ・サイト』の脚本が送られてくる。ところがソダーバーグはせっかくのメジャースタジオからのオファーを危うく蹴るところだった。すでに脚本が完成しており、ジョージ・クルーニーの主演も決まっていた状況で後乗りするのはただの雇われ仕事に思えたのだろうか? しかしシルヴァーは「こんなチャンスは滅多にない」とソダーバーグを説き伏せた。ソダーバーグ自身「このプロジェクトで失敗したらもう映画業界にはいられない」と覚悟を決めていたらしい。



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