※2019年10月記事掲載時の情報です。
『サタンタンゴ』あらすじ
ハンガリー、ある田舎町。シュミットはクラーネルと組んで村人達の貯金を持ち逃げする計画を女房に話して聞かせる。盗み聞きしていたフタキは自分も話に乗ることを思いついた。その時、家のドアを叩く音がして、やって来た女は信じがたいことを言う。「1年半前に死んだはずのイリミアーシュが帰って来た」、と。イリミアーシュが帰って来ると聞いた村人たちは、酒場で喧々諤々の議論を始めるが、いつの間にか酒宴になって、夜は更けていく。翌日、イリミアーシュが村に帰って来る。彼は村にとって救世主なのか? それとも?
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伝説的長編が遂に日本で劇場初公開
ハンガリーの巨匠、タル・ベーラによる『サタンタンゴ』(94)は数々の伝説に彩られた作品だ。上映時間7時間18分、準備に9年、撮影期間2年、完成まで実に4年を要した。1994年、公開されるや瞬く間に世界中で絶賛の声があがり、ガス・ヴァン・サントやジム・ジャームッシュは同作に強く影響を受けたことを公言。鑑賞すれば人生が変わる、とまで言われた。
そんな『サタンタンゴ』が公開から25年を経た2019年、4Kデジタルレストアを行った。35ミリネガプリントを1フレームごとに4Kスキャンし、300時間以上をかけて傷や汚れを取り除き、完成当初のフィルムの質感を再現したという。監督のタル・ベーラも認めた4K版の仕上がりは見事という他なく、重厚なモノクロームで映し出されるハンガリーの荒涼とした大地の映像に陶然とさせられる。
『サタンタンゴ』
『サタンタンゴ』のストーリーはごくシンプルだ。ハンガリーの寒村に暮らす人々のもとに、ある知らせがもたらされる。1年前に死んだと思っていたイリミアーシュという男が生きているという。知らせを聞いた村人は浮足だつ。イリミアーシュとは一体何者なのか、彼が村人たちのもとに現れた時、一体何が起こるのか…。
原作は、ノーベル文学賞候補の常連、ハンガリーの作家、クラスナホルカイ・ラースローの同名小説である。
そんな同作で最も目を引くのは7時間18分という、1本の映画としては信じられないくらいに長い上映時間だろう。映画史を振り返れば長尺の作品はいくつもあるが、5時間11分の『ファニーとアレクサンデル』(82、監督:イングマール・ベルイマン)や、5時間16分の『1900年』(76、監督:ベルナルド・ベルトルッチ)などがまずは思い浮かぶ。近年では濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(15)が5時間17分、ラヴ・ディアスの『立ち去った女』(16)は3時間48分だった。そんな中でも『サタンタンゴ』の7時間18分は群を抜いている。
『1900年』予告
これだけ長尺の作品を映画館のスクリーンで鑑賞するのは筆者も初めての経験だったが、終映後は劇場が一種独特の空気に包まれ、ともに客席で過ごした見知らぬ観客たちと連帯感のようなものさえ生まれていた。まさに映画そのものを体験したと言えるだろう。
しかし、誤解して欲しくないのは同作の上映時間が、単に奇をてらったものであったり、意味のない冗長なものではないということだ。7時間を超える上映時間は『サタンタンゴ』全編を貫く表現形式と不可分となっており、必然的な帰結なのだ。