2019.10.12
開始直後から匂い立つ、真実への「残り香」
『ボーダー 二つの世界』の特性について言及したが、本作はギミックを画面のいたるところに仕掛けた周到な作品でもある。この映画の核心的な部分はネタバレと密接に結びついているため、淡泊な紹介とはなってしまうが、いくつか考察していきたい。
まずは、冒頭から見ていこう。この映画は、海に浮かぶタンカーを前に佇むティーナの後ろ姿から始まる。彼女は何も言わず、慈しむような、或いは祈るような何とも形容しがたい表情で草に留まった虫に近づき、手に取って眺め、また戻す。1日に4時間かかるという特殊メイクで作り上げられたティーナの顔立ちの衝撃性も伴い、明らかに意味ありげなシーンだ。
『百年の孤独』などで知られる作家ガブリエル・ガルシア=マルケスを敬愛するアリ・アッバシ監督は、いきなりマジックリアリズムの手法を突きつける。マジックリアリズムとは、日常に非日常が融合した世界の物語だ。
『ボーダー 二つの世界』(c)Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018
映画で言えば、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』(16)や『シェイプ・オブ・ウォーター』、『落下の王国』(06)などが該当するといえる。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)もそこに種別されるだろう。日本で言えば、安部公房や水木しげるの世界観が近いかもしれない。
マジックリアリズムは、マジック=魔術と書かれているように、伝承や神話といったモチーフとの親和性が高い。その“におい”が示されることで、観客は自然と「何かある」という意識を働かせるようになる。ティーナではないが、鼻を利かせて真実へと至る手がかりを察知、或いは追跡しようとするだろう。
本作はこういった「意味深な残り香」の提示の仕方が非常に巧みで、その後も「動物に好かれる」「雷が怖い」「身体のある器官に疾患を抱えている」「自分でも思い出せない傷が刻まれている」といったティーナの特徴が、一見さりげなく、だが確信犯的に提示されていく。「ヘンゼルとグレーテル」のパンの屑のように、落とされていくヒントの1つひとつが、やがて待ち受ける真相への道筋を作っているのだ。