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『ボーダー 二つの世界』踏み込めば戻れない――常識の向こう側から手招きする“異界”

『ボーダー 二つの世界』踏み込めば戻れない――常識の向こう側から手招きする“異界”

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『ボーダー(境界線)』が示す“意味”とは?



 『ボーダー 二つの世界』は、感覚に訴える映画でもある。まずは、ティーナが象徴する“嗅覚”。「嗅ぐ」という行為が頻出することで我々の鼻孔が広がり、香ってこないはずの画面の向こう側にある世界から、ダイレクトな刺激を受け取ってしまう。そして、“視覚”。意味深に描かれる苔むした森は、異常なほど生々しく、生命が蠢くさまを見せつけられているよう。さらに、ティーナとヴォーレの特徴的な外見は、違和感を途切れることなく刻み続け、観る者を画面にくぎ付けにする。


 そして“聴覚”。虫の羽音、木々のさざめき、犬の鳴き声といった自然と動物の音や声が、じわじわと耳に入り込んでくる。また、食事シーンにも注目だ。序盤に出てくるスパゲッティのシーンは、必要以上に不快な響きを耳に届ける。なぜこのような音像になっているのか――これもまた1つの、真相に至るヒントだ。


 “触覚”においては、『ぼくのエリ 200歳の少女』にも通じる「窓」や「扉」を効果的に用いた隔絶を示しつつ、「触れる」行為にエモーショナルな「喜び」を混ぜ込むことで、奇形のラブストーリーを形成している。今挙げた部分はあくまで個人の感覚に結び付いているが、遠からず観客は似たような感覚を抱くだろう。




 中盤からは、ティーナのルーツに加えて、別軸の謎が加わる。「ヴォーレは何者?」というミステリーだ。罪のにおいを嗅ぎ分けるティーナの能力は、なぜかヴォーレには通用しない。また、出会ったときからティーナはなぜかヴォーレに惹かれていく。それはラブストーリーの文脈で言えば「運命の相手」という理論なのだが、本作が用意している真相はそことは大きく異なり、あまりにも衝撃的で、目を覆いたくなるほどに強烈だ。


 さらに特筆すべきは、物語が進むにつれて、画面の中から手がかりを探し出そうとしていた行為自体が、「木を見て森を見ず」だったと気づかされるという仕掛けだ。つまり、冒頭から目の前に映し出されていたシーンの「すべて」が、真相を示していたということ。先ほど本作は「目覚めさせる」映画だと書いたが、物語の展開的にも、視野が狭くなった我々の「目を開かせる」作品でもある。


 真相にたどり着いたとき、私たちは自分たちの感覚自体が、「常識」によって構築されていたのだと思い知らされる。本作の英題であり、邦題でもある「ボーダー(境界線)」とは、私たち自身が「こちら側」の住人だったと痛感させられる状態を示しているのかもしれない。




 言うまでもなく、世の中の映画の大半は、私たちと同じ生き物が作ったものだ。しかしこの映画は、まるで人が作ったとは思えない“何か”がある。だからこそ恐ろしく、それ故に美しい。私たち固有の感性を目覚めさせる映画でありながら、決して追いつけず、交わることもない「違い」を描いている。


 境界線を越えて踏み込んでしまえば、もう戻ってはこれないだろう。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」



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作品情報を見る



『ボーダー 二つの世界』

10月11日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

(c)Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018

公式サイト:http://border-movie.jp/

本作はR18+となります。


※2019年10月記事掲載時の情報です。

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