グリンダ・チャーダをご存じだろうか? キーラ・ナイトレイの名を知らしめた『ベッカムに恋して』(02)で一世を風靡し、多くのヒューマン・コメディを手掛けてきた映画監督だ。
ケニア生まれのインド系移民である彼女は、英国で育ち、BBCニュースの放送ジャーナリストに。その後、BBCでドキュメンタリーを制作し、『ベッカムに恋して』に至る。そのチャーダ監督の新作『カセットテープ・ダイアリーズ』(19)が、新型コロナウイルスによる公開延期を乗り越えて、いよいよ日本公開。ブルース・スプリングスティーンの音楽に出会ったパキスタン移民の青年が、新たな文化に触れ、喜びを知り、己の夢を見つけていく爽快作だ。偏見という“壁”を乗り越えて自分らしくひた走る姿は、今を生きる我々に限りない勇気を与えてくれることだろう。
実はこの映画、原作・共同脚本を手掛けたサルフラズ・マンズールの実話。彼が出した回顧録を読んだスプリングスティーンが、イベントで対面した際に「君の本は実に素晴らしかった」と声をかけ、同席したチャーダ監督が、その場で本人に映画化を打診。快諾を受けたというミラクルな出来事から、映画化が動き出したという。スプリングスティーンの協力もあり、劇中では未発表曲を含む楽曲群が大量に使われている。
本作の興味深いところは、たとえスプリングスティーンの楽曲になじみがない若い世代でも、心を強くつかまれるところだろう。『シング・ストリート 未来へのうた』(16)や『リトル・ダンサー』(00)のような、「閉塞感を打破する原動力=夢」というエネルギーに満ちているのだ。
今回は、若々しく瑞々しいエナジームービーを作り上げたチャーダ監督にリモートインタビュー。ご息女が乱入してくるなど(クミコさん。曾祖母が日本人であり、彼女の名前を譲り受けたとか)、アットホームな空気感で行われた取材の模様を、ぜひ楽しんでいただきたい。
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人との「繋がり」を、常に描いてきた
Q:『カセットテープ・ダイアリーズ』、素晴らしい傑作でした。僕はブルース・スプリングスティーンを知らない世代ですが、それでも感動してしまいました。「全力を傾けるべき夢に出会う」、その瞬間のきらめきが映画に宿っていたように思います。
グリンダ:感動してくれたのは、すごくうれしいです。
私にとってスプリングスティーンは、詩人なんです。彼の音楽は人と人を繋げるものであり、お互いに“共感力”を持つことについての音楽でもある。つまりものすごく、愛と思いやりがある音楽だと思うんです。だから世代を超えて響くのではないでしょうか。
Q:なるほど、彼の音楽が内包する“意志”が、作品にも伝播していったんですね。とはいえ、監督の“らしさ”も十二分に発揮されていると思います。例えばコメディ要素が、アクセントとして非常に効いていました。
グリンダ:映画づくりは、自分の人生の延長みたいなところがあります。私は、基本的には割とシリアスなんだけれど、結構ユーモアも普段から持っているタイプなんです。
ユーモアというものは「みんな同じなんだ、私たちは繋がっているんだ」と感じさせてくれる効果もあると思っていて、映画作りにはそういう感情をうまく使うようにしていますね。
Q:この「繋がり」は、監督の中では重要なキーワードなんでしょうか。
グリンダ:その通り。映画作家として、常に人との繋がりの美しさや純粋さを、物語の中に見いだそうとしています。
今の世の中は、自分や、自分が暮らす国のアイデンティティしか見えなくなっている方も多いと思います。でも、自分を含めて世界は、人と人の繋がりのなか、“呼吸”して生きている。
いま、「世界」という言葉を使いましたが、この「世界」をどうみるか、も重要です。私はケニア生まれのインド系で、育ったのはイギリス。曾祖母が日本人ですし、夫は日系アメリカ人。そういったグローバルなルーツを持っていると、やっぱり自分のアイデンティティが変わってきますし、世界の見方も変わってきます。
私は世界中にファンがいて、みんながメッセージを送ってくれるんですが、そういうものも自分と世界が繋がっているんだと感じさせてくれますね。同時に、皆さんが何を求めているか、何が好きなのかということもリサーチしています。