『宇宙でいちばんあかるい屋根』を藤井監督が撮る必然性
Q:公開も徐々に迫ってきて、予告編も公開され、皆さんの期待が高まってきている状態ですが、撮影時に「こういう奇跡があったよ」みたいなエピソードはありますか? もしあれば伺えると、読んでいる皆さんのテンションも上がるかなと思うのですが。
藤井:何かあったかな……。(考え込む)
上野:撮影でいうとよくあるのが「天気に恵まれた」とかなんですが、今回は日周りも計算してやってるんですよね。突然夕日のいい光なんかくるはずがないし、きた時は大体想像もついてるので。
Q:そうか、おふたりとも準備を入念にされるから、想定の範囲に収まること自体が高クオリティなんですね。そもそも、偶発的な部分を求めてない。
上野:正直、そうですね。「こんなに良くなるとは思わなかった」みたいなショットは、意外となかったかもしれない。
藤井:偶発的な部分があるとしたら、やっぱり現場の雰囲気が良かったことですかね。芝居の一個一個に、みんながすごく感情を乗せてくれるんですよ。だから清原さんの二度と撮れないような感情を、たくさん撮れたんです。スタッフが泣きながらモニターを見てるのを見ると、やっぱり映画っていいよなって感嘆してしまうというか……。だから、奇跡の連続はお芝居だと思います。
上野:今回のお話をいただいたときに、『デイアンドナイト』(19)『新聞記者』(19)の藤井監督作品だって思って身構えていたら、すごくスイートな、あったかいほっこりした話がきましたね。ただ、かわいい物語ではあるんだけど、ひとつ屋根の下に暮らす家族のステイホームの話でもあるじゃないですか。
いま、この時期にこういった作品が公開されることが、一周回ってかなり奇跡的なんじゃないかな。
前田:そういえば千蔵さんに「この作品、なんで藤井監督なんですか」って聞かれましたよね。これは千蔵さんだけじゃなくて、ラインプロデューサーの森太郎も、一瞬ポカンとしてたんです。やっぱり『新聞記者』のインパクトが強いから、イメージがつながらないみたいで。
でも、例えば『青の帰り道』(18)の、過去の自分たちとすれ違うシーンなんて、もうセンチメンタリズムとロマンチシズムに満ちて、優しさがあふれてるじゃないですか。『新聞記者』だって、あんな社会派映画なのに、ラストであんな風に銀杏の葉っぱをひらひらとやさしく舞わせてませんよ。だから、やっぱりこの映画は藤井道人が撮るべき作品だったと思います。
Q:個人的に『宇宙でいちばんあかるい屋根』を観て思ったのは、藤井さんの作品って、やっぱり“痛み”をちゃんと描いてくれる。今回も、肉体的な切れるような痛みじゃない「心痛」を観られたのは、すごく収穫でした。
藤井:ありがとうございます。
上野:本当に“人間”を大事にしてくれてると思いますね。さっき藤井監督が「こんな奴いないだろっていうのが嫌」って言ったと思うんですが、僕もそういう気持ちが強いんですよ。お芝居に対しても画に対しても、リアルじゃなくてもいいけどやっぱナチュラルではいたい。「こんな光ある? これライトじゃん」とか、「カメラそこにあるでしょ」って思わせちゃうのが、すごく嫌いなんです。
僕が唯一操作できないのは、やっぱり映ってる人なんですね。そういった意味でも、藤井監督は、僕が映すものをちゃんと受け入れてくれたうえで、役者のお芝居も含めた全体を整えてくれる人で、すごく楽しかった。
前田:私からすると、藤井さんと千蔵さんのキャッチボールが見ていて微笑ましかったですね。現場で藤井さんが余裕なくて「いやそれ分からない」みたいにすねても、「はいOK」って千蔵さんに柔らかく返されるから、藤井さんも「あっごめん」っていう顔になる。
カメラマンって「監督の女房役」ってよく言われますが、千蔵さんは最高のワイフだったと思います。
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一口に「撮影」といっても、その中で動く人々の思いのたけを知る機会は、限られている。しかし、香盤表ひとつとっても、語るべきドラマは無限に潜んでいるのだ。
自分の美意識やプロ意識を持ちながら、他者の意見を取り入れ、時にぶつかったり、すり合わせながら「最高の2時間」を構築していく――。3人の鼎談からは、映画が「総合芸術」と呼ばれる所以が、ひしひしと伝わってきた。
次回は、編集について、さらに詳しく聞いていく。引き続き、お楽しみに!
監督:藤井道人
日本大学芸術学部映画学科卒業。脚本家の青木研次に師事。映像プロダクション「BABEL LABEL」を2010年に設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014 年)で劇場公開作品監督デビュー。以降、『光と血』(17年)、Netflixオリジナル作品『100万円の女たち』(17年)、『青の帰り道』(18年)、『デイアンドナイト』(19年)が公開される。2019年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞3部門を含む6部門受賞。また他にも多数映画賞を受賞。新作映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』(今秋公開予定)が控える。
上野千蔵 / Senzo Ueno (撮影監督/映像作家)
1982年鹿児島県出身
2000年より撮影助手として活動開始その後撮影留学を経て、2011年撮影監督として独立。 広告、ミュージックビデオでキャリアをスタートする。
また監督としてもミュージックビデオ、広告で活躍している。
2018年SHISEIDO “The Party Bus”D&AD 2018 Cinematography部門Graphite pencil、 SUNTORY “Yamazaki Moments”でNew York Festivals Craft2018 Cinematography Goldなど、撮影監督として多数受賞。
また監督を務めた「Hankograph」では今年度のD&AD の金賞相当であるyellow pencil ,世界三大広告賞であるOne ShowでGold を受賞。
その他撮影作品でCannes Lions グランプリ、文化庁メディア芸術祭グランプリ、昨年のACC の撮影賞等、国内外の広告賞を多数受賞している。
2018長編映画「太陽の塔 TOWER OF THE SUN」に撮影監督として参加。
「宇宙でいちばんあかるい屋根」(今秋公開予定)が自身初の劇映画となる。
プロデューサー:前田浩子
鹿児島県出身。映像企画・制作会社、株式会社アルケミー・プロダクションズ代表取締役、プロデューサー。大学在学中から語学力を活かし、マドンナ、ローリングストーンズ、マイケル・ジャクソンなどの外国人アーティストのコンサートツアー、及び音楽番組の制作に携わり、その後映画・PV・CMに活動の場を移す。映画監督・岩井俊二と出会い、1996年に劇場用映画『スワロウテイル』で映画プロデューサー・デビュー。岩井作品は他に『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)『花とアリス』(2004年)がある。1999年『ビッグショー・ハワイに唄えば』(井筒和幸監督)プロデュース、同年『GTO 映画版』(鈴木雅之監督)のキャスティング。
その後海外作品へも活動の場を広げる。1998年長野オリンピックの米国製作記録映画、オリンピック・オフィシャル・フィルムを制作統括。1999~2003年に香港のウォン・カーウァイ脚本・監督『2046』の制作。2003&2004年公開のクエンティン・タランティーノ監督・脚本『キル・ビル』をプロデュース。2005年台湾映画『Silk』(チャオ・スーピン監督)のキャスティング、及び制作コーディネート。
その他主なプロデュース作品
「虹の女神 レインボーソング」(06:熊澤尚人監督)、『百万円と苦虫女』(08:タナダユキ監督)、『洋菓子店コアンドル』(11:深川栄洋監督)、『MY HOUSE』(12:堤幸彦監督)、『ぱいかじ南海作戦』(12:細川徹監督)、『星ガ丘ワンダーランド』(15:柳沢翔監督)、『オケ老人!』(16:細川徹監督)、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(19:細川徹監督)
取材・文: SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『宇宙でいちばんあかるい屋根』
(c)2020『宇宙でいちばんあかるい屋根』製作委員会
2020年9月4日(金)全国公開
配給: KADOKAWA