©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019
『コレクティブ 国家の嘘』アレクサンダー・ナナウ監督 国家の不正を暴く「瞬間」を捉えた衝撃のドキュメンタリーはいかにして生み出されたのか 【Director’s Interview Vol.147】
執務室での大臣の会話まで撮影
Q:映画の後半では、腐敗を一掃するために任命された、新たな保健省大臣の仕事ぶりと苦悩が中心に描かれます。大臣が執務室でスタッフと交わす生々しいやりとりまで撮影されているのも驚きでした。この取材はどのようにして実現したのでしょうか?
ナナウ:彼が根っからの政治家ではなかったことが大きいですね。そして彼のスタッフも勇気ある人々で、政治以外のフィールドから参加している人だったおかげだと思います。政治家の場合は「自分たちの仕事には秘密があって当然で、それを暴くな」という暗黙のルールがあると考えるのですが、彼らはそんなルールを何とも思っていませんでした。
Q:ああいった取材ができること自体、ルーマニアでも珍しいことだったんでしょうか。
ナナウ:珍しいことだと思います。ご存知のようにドキュメンタリー制作では、いかに被写体から信頼を勝ち得るかが重要です。映像を撮影し編集する行為は被写体のイメージをコントロールすることなので、大きな影響力があります。被写体は我々にそういったコントロール権を渡してくれるわけです。だから他のどの国の政治家でも、今回のような撮影はできなかっただろうと思います。保身に走るでしょうし、「私が見せたい面だけを撮れ」と言われてしまいます。
『コレクティブ 国家の嘘』©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019
でも、政治家が働く姿を映画で生々しく見せたことで、「政治の透明性を高くすることは可能なんだ」と観客に感じてもらいたいです。政治家が市民のために仕事をしているのであれば、その働いている姿や政務の内容を見せることは、全く問題がないはずですからね。
Q:本作は権力の中枢の腐敗を描く内容なので、制作過程で何らかの脅迫・妨害行為はありませんでしたか?
ナナウ: 直接的な脅迫はありませんでした。ただ、私に情報をくれる人が諜報部にいたので、私の電話が盗聴され、監視されていることは知っていました。でも一番心配したのは、自分に危害が加えられることよりも、撮影した素材を盗まれたり破壊されることでした。だから複数のハードディスクに映像のコピーを作ったり、国外に映像を避難させたりといった対策をとりました。
ただ、監視していた人たちは、私たちがやろうとしていることを理解出来なかったと思います。せっかく良い映像を撮ったのに、すぐに公開するわけでもなく、2年3年と温めている。「このフィルムメイカーたちは何をしたいんだ?」と思ったかもしれません(笑)。