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『コレクティブ 国家の嘘』アレクサンダー・ナナウ監督 国家の不正を暴く「瞬間」を捉えた衝撃のドキュメンタリーはいかにして生み出されたのか 【Director’s Interview Vol.147】

©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

『コレクティブ 国家の嘘』アレクサンダー・ナナウ監督 国家の不正を暴く「瞬間」を捉えた衝撃のドキュメンタリーはいかにして生み出されたのか 【Director’s Interview Vol.147】

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2015年10月、東欧ルーマニアの首都ブカレストにあるクラブ「コレクティブ」で火災が発生。居合わせた27人の客が命を落とす痛ましい事故が起こった。しかしそれは、さらなる悲劇の発端でしかなかった。負傷し入院した人たちからも次々と死者が出始め、最終的にその数は64人にまでなってしまう。原因は病院で使用された薬剤が薄められていたこと。その陰には、製薬会社と政治家たちの恐るべき癒着があったのだ。


本作は、その腐敗の実相に迫る新聞記者と政治家を追ったドキュメンタリーだ。真実を、一切妥協せず追う記者たちの姿は民主主義を支える大切なものを思い出させてくれる。「メディアは権力の監視者である」という基本原則だ。


本作が、そんなメッセージ性を最大化することに成功した要因は、真実が暴かれるまさにその「瞬間」をカメラが見事に捉えていることだ。記者に驚くべき情報がもたらされる電話、内部告発者との息詰まる会話、真実を隠す政治家や医師の欺瞞に満ちた記者会見。まるでドラマかと見紛うような緊迫した場面が続き、画面から目を離すことができない。「重要な瞬間に我々(観客)は立ち会っている」、という映画的興奮こそが本作の背骨となっているのだ。


筆者はドキュメンタリー番組の制作にも関わるが、重要な事が起こる「瞬間」をカメラで捉えることは非常に難しい。どうしても過去に起こったことをなぞることが多くなる。一体、この驚異的な作品はいかにして、それを可能としたのか?アレクサンダー・ナナウ監督に制作の内幕を語ってもらった。


Index


数々の驚くべき瞬間をとらえた撮影の秘密



Q:私はテレビでドキュメンタリー番組の制作に携わることもあるのですが、本作は衝撃的な内容で、大変興味深く拝見しました。まずお聞きしたいのは、本作を制作するきっかけは何だったのかということです。


ナナウ:コレクティブの火災事故は、まさに国家的悲劇でした。普段はデモにあまり参加しない若い世代の人まで街頭に繰り出し政治に対する抗議の声をあげました。そういった現象は首都のブカレストだけではなくて、ルーマニア各地で起こりました。政治の腐敗をどうにかして変えようという世論が高まり、私は時代の重要なターニングポイントに立ち会っていると思いました。


「この現実を映画にしなければ」と思ったんですが、どう表現したら映画になるのか分かりませんでした。抗議活動や政治家の動き、火災事故の経緯など、様々な要素があり、何をどう描けばいいのか分からなかったんです。


そんな時、火災の被災者たちが入院した先で次々に亡くなっていく、という奇妙な現象が明るみに出ました。医師と政治家の癒着という大きな腐敗がその原因であることも分かってきました。私は、その腐敗を調査する報道機関の視点からなら何かを描けるかもしれないと気づきました。そこで見た出来事を映画という言語に置き換えたらどうなるだろうか、そう思ったのが制作のきっかけです。



『コレクティブ 国家の嘘』©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019


Q:「報道が事実を明らかにする過程」を映像で克明に捉えているのが印象的です。 ずっと現場に張り付かなければ撮れないだろうと思われる瞬間も沢山あります。どんな風に撮影をしていったのでしょうか?


ナナウ:もちろん決定的な瞬間には、なるべく居合わせようという努力はしています。ただ、色々な事実が明るみに出てきた時期は3週間くらいに凝縮されていて、そこまで長期の取材は必要ありませんでした。病院で使う消毒液が薄められていると報道されてから、それを製造した製薬会社の社長が事故で死亡した日までの3週間くらいです。


その間、我々は毎朝取材先の新聞社に行き、何かが起きる瞬間に居合わせようとしていました。でもご存じのように、取材対象に張り付いていようと思っても、人間はカメラが追いかけて来るのを嫌がります。だから記者からは「今日は多分何も起きないと思うから」と帰されそうになるんです。


でも観察型のドキュメンタリーを撮ってきた経験から分かるんですが、「何も起きないだろう」と思っている時にこそ、得てして何か重要な事が起きるんです。だから、取材相手が帰って欲しそうにしている時は「分かりました」と言って一旦外に出て、10分ぐらいコーヒーを飲んで時間をつぶすんです。それで、また取材に戻る。すると「ああ、この人達は何を言っても帰ってくれないんだ」と諦めてもらえる。そうやって決定的な瞬間に居合わせられるようにしました。


Q:細かいことですが、登場人物に電話がかかってくる瞬間が撮れているのは、カメラを回しっぱなしにしないと不可能だと思います。


ナナウ:カメラを回しっぱなしにしていたことはありません。「何かが起きそうだな」と思った瞬間にカメラを回しました。


Q:直感みたいなものがうまく働いたということですね。


ナナウ:そうですね。たとえば私が過去に作った『トトとふたりの姉』(14)というドキュメンタリー作品では、「何かが起きそうな瞬間」を期待する自分がいて、ずっとカメラを回したりすることもありました。でも今は自分の本能を信頼できるようになりました。それは経験から来ていると思います。


現場で「何か事件が起きる」ということを期待しない。でも何か起きた時、そこから如何に重要な要素を抽出するか。何かが起きるのを、自然に受け入れるようにして、その瞬間を映像で捉える本能を訓練してきたと思います。




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