李相日監督の新作『流浪の月』。女児誘拐事件の被害者と加害者とされた2人が15年後に再会するストーリーは鮮烈かつ衝撃的だが、同じく印象に残るのは、その映像。広瀬すず、松坂桃李らキャストに当たる光、彼らを包む濃い闇。あるいは大自然の繊細さ、その異次元の美しさ。これらを達成したのが、韓国人の撮影監督ホン・ギョンピョ。あの『パラサイト 半地下の家族』(19)をはじめとしたポン・ジュノ作品や、『バーニング 劇場版』(18)などを手掛けた韓国映画界を代表するカメラマンである彼が、初めての日本映画の現場で何を感じ、どんな映像を目指したのだろうか。
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李相日監督の『怒り』は自分の求めるテイスト
Q:日本映画に関わるのは初めてですが、オファーを受けた経緯から聞かせてください。
ギョンピョ:『パラサイト 半地下の家族』の撮影現場で李相日監督にお会いしました。ちょうど(裕福なパク家の)リビングルームのシーンを撮っている日でした。じつは私は、それ以前から李監督のファンで、とくに『怒り』(16)が大好きでした。従来の日本映画に比べて、作品全体にものすごい力強さがあり、自分に合うテイストだと感じていたのです。『怒り』は光の使い方も良かったですし、物語にも惹かれたので、いつか一緒に仕事をしたいと思っていました。そんなときにポン・ジュノ監督を通して連絡があったので、すぐに「やりましょう」となったわけです。
Q:『流浪の月』のストーリーに惹かれてオファーを受けたのでしょうか?
ギョンピョ:李監督から『流浪の月』の韓国語翻訳版を受け取りました。ただ、その原作を読む前から私は「李監督と一緒に仕事ができたら面白そうだ」と確信していました。ですから今の質問への答えは「いいえ」ですね(笑)。
Q:実際に会った李監督の印象は?
ギョンピョ:作品の印象とは違って、ソフトで穏やかな人でした。でもその外見に、私は騙されてしまったかもしれません。撮影現場では厳しい側面も目の当たりにしましたから。
『流浪の月』(c)2022「流浪の月」製作委員会
Q:そんな李監督との製作プロセスは、これまでの現場とどんな違いがありましたか?
ギョンピョ:基本的には同じです。李監督とはとにかく会話を重ねました。それぞれのシーンの核心をじっくり話し合った後、リハーサルで俳優の演技を見て、再び方向性を考えます。カメラはどの瞬間に回し始めるか。光はどう差し込むべきか。俳優の動きをどうするか。そのうえでカメラをどこに置くべきか。レンズは何を使うか。クローズアップにするべきか……。そうしたプロセスで、まず私は自分の考えを伝え、李監督がフィードバックしてきます。その繰り返しでシーンを作っていきました。ただ私たちの会話は韓国語だったので、日本人スタッフのみなさんは直接理解できず、もどかしく思っていたのではないでしょうか(笑)。
Q:李監督と意見が合わなかったりしたことは?
ギョンピョ:いえいえ、リハーサルなどでじっくり調整していきましたから、本番までに意見の対立は解消されていました。人物や背景の構図などが言葉でうまく伝わらなければ、映像の見本を示しながら意見を交わしました。最終的な決断は、おたがいの接点を探し、歩み寄って、同意していくという進め方だったのです。
Q:撮影が始まった後も、李監督がラストを書き直すなど脚本が変化していったと聞きました。
ギョンピョ:そもそも李監督は、この長い原作をうまく脚色したと思います。その脚本が少しずつ修正されながら、映画的になっていったと感じます。少なくとも撮影監督の視点からは、撮りやすい脚本でした。ラストについては、現場がコロナでしばらく中断していた間に監督が脚本の最終部分に直しを入れたのです。その脚本を受け取った時に、私もようやく作品の完成形が見えたという確信をもちました。