“折り合い”はつけていない
Q:李監督はかなり熟考して物事を進めるタイプだと資料に書かれていましたが、映画製作(特に日本映画)では様々な物理的制約は避けられません。そこはご自身の中でどのようにして折り合いをつけているのでしょうか?
李:まぁ、あまりつけませんね。そう言うと怒られますけど(笑)。その時撮れなかったら撮り直すし、撮影日数が足りなかったら追加してもらいます。でもそれも無限じゃないですから、出来ても多少です。ただ「折り合い」と言われると……、やっぱりほぼつけてないですね。
Q:「折り合いをつける」という言葉を調べると、「妥協点を見つける」といった意味が出てきます。
李:そうですね。でも「妥協しない」なんてないと思うんです。だからまぁ折り合いもつけないわけはないんですよ。つけないわけはないんですけど……。いつもどうしてるんでしょうね(笑)。
Q:この話題は映画監督に限らず、いろんな仕事に当てはまるかもしれませんね。例えば、ちょっと違うかもしれませんが、仕事には「締め切り」があることがほとんどで、それが優先順位として高い場合が多いです。
李:締め切りは大事ですよね。でも僕はいつも締め切りを延ばすタチなんです(笑)。周りに迷惑をかけ続けてしまっています。どうしても、もうちょっと何かないかと考えてしまうんです。それだけ自分の判断に確信を持ちたいのですが、そう簡単に持てるものでもない。もう少し考えてみると確信が持てるのではないかと、そうやってどこか“すがって”いるところもあるのかもしれません。
『流浪の月』(c)2022「流浪の月」製作委員会
ただ、もし「これでいいや」と諦めてしまうと、結果としてそれが返ってくる怖さもある。先ほどの妥協の話ではありませんが、考え抜いた末に折り合いをつけるのは傷にはなりません。そうでない場合は、確実に伝わってしまうのが映像の怖さです。
Q:では最後の質問です。影響を受けた映画監督や作品について教えてください。
李:『許されざる者』(92)をリメイクしている以上、クリント・イーストウッドの影響は大きいと言わざるを得ないかなと。あと日本映画学校※に通ってた以上は今村昌平の影響も大きいと言わざるを得ないかなと(笑)。(※現:日本映画大学 創設者は今村昌平)
Q:李監督の『スクラップ・ヘブン』(05)では、デヴィッド・フィンチャーの『セブン』(95)を思わせるカットがありました。李監督はフィンチャーもお好きなのかなと思っていました。
李:好きですよ。フィンチャー作品にもかなり影響されていますね。彼は画の構成が緻密で上手ですよね。画の連続性で物語を語り、短い時間でそれを印象付けて行く。今村さんやイーストウッドは内面的なものが参考になりますが、フィンチャーはそれとはまた違った意味で参考になりますね。
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監督・脚本:李相日
1974年生まれ。大学卒業後、日本映画学校(現:日本映画大学)へ入学。卒業制作作品『青〜chong〜』(99)がぴあフィルムフェスティバル(PFF)/アワード2000でグランプリを含む4冠に輝く。新藤兼人賞金賞受賞の『BORDER LINE』(02)、村上龍原作にトライした『69 sixty nine』(04)、『スクラップ・ヘブン』(05)を経て、『フラガール』(06)で第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。日本映画界を代表する監督としての地位を築く。近年は、『悪人』(10/第34回日本アカデミー賞優秀作品賞)、『許されざる者』(13)、『怒り』(16/第40回日本アカデミー賞優秀作品賞)など深い人間洞察に満ちた映画を次々と送り出している。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:中野建太
『流浪の月』全国公開中
配給:ギャガ
(c)2022「流浪の月」製作委員会