『峠 最後のサムライ』画面向かって左から編集:阿賀英登、監督:小泉堯史、撮影:上田正治
『峠 最後のサムライ』監督:小泉堯史 × 撮影:上田正治 × 編集:阿賀英登 写すものをきちんと作る【Director’s Interview Vol.218】
いい映画を観ることが大事
Q:2022年の日本映画でこういう画を見れたことに、ものすごく驚きました。
小泉:それは本当に一番嬉しいよね。スタッフはそのために皆努力しているわけだし、そういう機会を与えられて僕たちはやれたわけですから。黒澤さんにもいい報告が出来ればと思いますしね。なんとか皆で頑張ってやってますと。だからそれを応援してくれる輪が広がってくれると嬉しいですね。
僕たちと一緒にやってきた助監督さんも映画に対する夢を持ってますしね。黒澤さんや小津さんの映画に少しでも近づけるように、そんな映画を作るんだという若い人たちの意欲が生まれるのであれば、これほど嬉しいことはないですよ。ぜひそれは応援して欲しいなと思います。
Q:皆さんが撮った画に感じる人はいっぱいいると思います。
小泉:そういう風に感じることは大事なんですよ。頭で考えるものじゃないですから。でもその感じる力がどんどん落ちてきたらどうしようもない。感じる力を落とさないようにするためには、やっぱりいい映画を観ることなんです。黒澤さんの映画、小津さんの映画、海外の映画もそう。この間やった『ベルファスト』(21 監督:ケネス・ブラナー)なんて本当に素晴らしい映画でしたよ。やっぱりそうやって向こうでも素晴らしい映画は出来ている。儲からなくてもこれは絶対みんなに見せたい映画だと映画会社が踏ん張ってくれれば、いい映画を観る機会というのは増えてくると思うんです。それは古典的な名作でもいい。黒澤さんの映画だってテレビで観るよりスクリーンで観たいですよ。『七人の侍』(54 監督:黒澤明)みたいな映画は、今は到底作れないですから。そういう作品を観ることによって自分の見る目が養われていく。黒澤さんは「見る力がなくなったら映画は駄目だからね」と言っていました。やっぱり映画にも見る力がいるんですよ。だからそのためには少しでもいい映画を観ることが大事。それはやっぱり映画会社の責任でもあるし、メディアの皆さんの責任でもある。いい映画を少しでも多くの人に見せて欲しい。
今は非常に安易に誰でも撮れる時代になってしまった。それは残念なことで、決してそうじゃないんだと。過去の作品の中にお手本はいっぱいありますから、映画が本来持っている力のようなものをもう一度呼び戻して欲しいなと思いますね。上田さんなんて最近『乱』を見直して驚いたって言ってるしね。自分で撮影しといてね(笑)。それを一つの理想として考えたっていいじゃないですか、そういうものを持ってなかったら人はなかなか前には進めない。黒澤映画のようなスケールじゃなくても、でもやっぱりそういうものを作りたいという、強い意欲や意志を持っていないと、この映画界はどんどんダメになってしまう。ぜひ頑張って欲しいですね。
『峠 最後のサムライ』©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
Q:では最後に、みなさんが影響を受けた、好きな監督や作品を教えてください。
上田:僕は洋画では『第三の男』(49 監督:キャロル・リード)が一番好きなんです。あれは技術的にいろいろやってるんですよ。影だけ歩いたり、ああいう影だけでワンカット撮るみたいなことは今の連中は出来ませんよ。考えられない、だってどこも明るいんだもん。裏の路地まで街灯がついてるからね。「明るくてどこでも危険じゃないです」って、そういうところでギャング映画なんて撮れないですよ。
昔「戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件」(79 TV 演出:恩地日出夫)ってドラマを撮ったときにテレビ局からものすごく言われたんです。「暗すぎる。犯人の泉谷しげるが隠れてるところが見えない」って。見えるところに隠れるか?ってことですよ(笑)。
日本映画だと『赤い殺意』(64 監督:今村昌平)ですね。あれはね、トンネルから出てくる真っ白なところが最高ですよ。
『赤い殺意』予告
小泉:僕は黒澤明という人を知って欲しいので、黒澤作品全部です。たったの30本ですから、30本全部観て欲しいですね。本当は映画館で観て欲しいけど、なかなかそうはいかないからね。どうしても1本だけというなら『赤ひげ』かな。あれは全ての技量がギリギリまで詰まっていると思うんです。撮影も照明もね、それは素晴らしいものがあると思いますよ。
阿賀:私は監督としては成瀬巳喜男監督が好きですね。1本だけというと小泉さんと一緒で、子供の頃に観た『赤ひげ』は子供心にものすごく焼きつきましたね。大人になってから観直すと、子供の頃に観たときとはまた別な部分が好きになりました。
上田:昔の人は感覚的に白黒をカラーで観ているからね。当たり前だけど衣装合わせなんかも全部カラーでやってる。映っているのは白黒だけど、いい着物着てるな、いい色してるなって感覚で観てるんだよ。
Q:『赤ひげ』でたくさんの風鈴がずらっと並んでいるシーンは確かに色が立ち上がってくるようでした。スクリーンで観たときはびっくりしました。なんとなく色の記憶で残っている感覚はあるかもしれません。
上田:あぁ、あれはそうだよね。
小泉:皆そうやって観てくれるといいよね。
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監督・脚本:小泉堯史
1944年、茨城県水戸市出身。70年に黒澤明監督に師事し、28年間に渡り助監督を務めた。黒澤監督の遺作脚本『雨あがる』(00)にて監督デビュー。この作品でヴェネチア国際映画祭の緑の獅子賞、日本アカデミー賞優秀作品賞をはじめとする8部門で受賞。その後、『阿弥陀堂だより』(02)、『博士の愛した数式』(06)、『明日への遺言』(08)、『蜩ノ記』(14)を監督。それぞれの作品で日本アカデミー賞、芸術選奨など数々の賞を受賞している。また18年公開『散り椿』では脚本を務めている。
撮影:上田正治
1956年、東宝撮影所に撮影助手として入社。85年に黒澤明監督『乱』にて、米国アカデミー賞、英国アカデミー賞にて撮影賞にノミネート、全米批評家協会賞、ボストン映画批評家協会賞では受賞を果たすなど、国際的な評価を得た。『影武者』(80) 以降の全ての黒澤明監督作品で撮影を担当し、小泉堯史監督作品は全作品に参加。『博士の愛した数式』(06)のシラーキュース国際映画祭撮影賞など、数々の賞を受賞している。
編集:阿賀英登
1952年生まれ。編集助手として『駅 STATION』(81/降旗康 男監督)、『乱』(85/黒澤明監督)、『夢』(90/黒澤明監督)など日本を代表する映画監督の作品に参加。編集技師として、『千の風になって』(04/金秀吉監督)などの作品に携わる。本作を含め、小泉堯史監督の全作品の編集を手がけ、『雨あがる』(00)、『阿弥陀堂だより』(02)、『蜩ノ記』(14)では、それぞれ日本アカデミー賞優秀編集賞を受賞した。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『峠 最後のサムライ』
6月17日(金)全国公開
配給:松竹、アスミックエース
©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会