真実を伝えることの葛藤
Q:リサーチの結果知り得た過酷な事実を洋子さんに伝えるのは木川監督です。監督もある意味当事者になっていくわけですが、そこはどういう思いでしたか?
木川:バーバラさんは全てを描いて欲しいと最初におっしゃった。自分のストーリーを色んな人にちゃんと知って欲しいと。ただ正直言うと、僕自身カメラを回すことが嫌になった瞬間もたくさんありました。それでもこのストーリーを多くの人に伝えなければという思いと、バーバラさん自身の伝えて欲しい思いがあったからこそ、カメラを回せ続けたのかなと思いますね。
バーバラさんのお母さんが米兵相手の夜の仕事をしていたことや、バーバラさん自身が受けた性的虐待のことなど、それらは最初に作ったバージョンには入れてないんです。それを本当に映画に入れて良いのかどうか、僕の中でも1年くらい葛藤していた時期がありました。これまで家族にも言ってないことなのに、この映画を観てその事実を知る家族はどう思うのかなと。それでもバーバラさんに言われたのは「私の人生はこれだけ醜くて汚いものだけど、でもこうやって生きてきたんだ」ということ。その言葉をいただいたからこそ映画に入れることができました。彼女は最初「自分の人生は誰も見向きもしないし、誰も理解してくれるものではない」と言っていましたが、映画によって彼女の人生が多くの人に伝わったことを喜んでくれました。彼女や母親の境遇を知っているからこそ、お母さんのお墓の前でバーバラさんが泣く意味がわかる部分もあるんです。
ただ一方で、美しいと思った部分もありました。アメリカに66年間行っていた女性が自分の故郷に帰ってきて海を歩いている。なんて美しいんだろうと思いましたよ。だから純粋に撮りたい感覚もありましたね。
『Yokosuka 1953』©Yokosuka1953製作委員会
Q:いいニュースもありました。実際にお母さんの写真が見つかったのはすごい収穫でしたね。
木川:あれは撮影の二日前に電話がかかってきて「写真が見つかったのよ!」と言われたのですが、あえてバーバラさんにはすぐには伝えませんでした。バーバラさんは撮影時にそのことを初めて知るのですが、そこはまさに演出ですね。でもあの写真が見つかってなかったら、映画にはならなかったかもしれません。
Q:初めてお母さんの写真を見るシーンで色んなものが繋がる感覚がありました。
木川:今回のバーバラさんの旅では、僕の中では三つの目標があったんです。お母さんのお墓を見つけること、お母さんの写真を見つけること、お母さんの言葉を見つけること、最後の一つは叶いませんでしたが、それ以外はなんとか叶えることができました。この映画の主人公はバーバラさんだと思いますが、人によってはお母さんのノブコさんだと言う人もいますね。
Q:ナレーターの津田寛治さんはどのような経緯で参加されたのでしょうか。
木川:津田さんとは以前一緒に映画を作ったことがあるんです。福井県のまちづくりの一環で短編映画を撮ったのですが、それは津田さんに監督してもらって僕はプロデューサーを担当しました。それから仲良くしていただいて、2015年からは一緒に「福井駅前短編映画祭」を主催しています。今回の件を津田さんに話したところすごく感動してくれて、「僕がナレーションやりますよ」と言ってくださったんです。それでも最初は、この映画は監督の自分がナレーションをした方が成り立つような気がしていたのですが、僕になったと思ってナレーションしてくださいとお願いし、それを津田さんが理解してくれて受けていただけました。
Q:では最後の質問です。好きな監督や映画があれば教えてください。
木川:吉田喜重監督ですね。この方は福井県出身で何度かインタビューしたこともあり、今回の映画も観ていただきました。吉田監督がすごいのは「映画には専門家がいない」と言っているところ。その人その人の頭の中で出来るのが映画であって、監督が自分で作るものじゃないと。「映画をこういう風に観て欲しい」とは吉田監督は絶対に言わないんです。今回の映画では僕もそれを心掛けました。
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監督・脚本:木川剛志
和歌山大学観光学部教授。1976年京都市上京区上七軒界隈生まれ。1999年京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、スリランカ、中国大連、アメリカMiamiの設計事務所の勤務を経て、2002年The Bartlett School of Graduate Studies,University College Londonの修士課程修了。帰国後、京都工芸繊維大学機能科学専攻博士後期課程に入学し、2006年博士(工学)。同年、福井工業大学経営情報学科講師となり、2010年よりデザイン学科メディアデザインコース准教授。福井市在住時より、地域を舞台とした短編映画製作を学生たちと行う。映画以外にも落語専門の寄席小屋(きたまえ亭2014年末閉館)を運営し、地域の物語をモチーフに落語の台本執筆や上演をしてきた。また、2014年より「街」をテーマとした映画祭を福井市にて主催している。朝日新聞和歌山版「ウラマチぶらり」連載中。2015年より現職。地域プロデュース、観光映像を専門とし、自らも街を舞台とした短編映画を監督、脚本として製作している。現地でまちづくりに関わるうちに映像製作を覚える。映像製作、落語などの業績をもって、日本で唯一の国立の観光学部を擁する和歌山大学に異動し、現在に至る。2018年の夏より取り組んで来た、1947年に横須賀に米兵と日本人の間に生まれ1953年に養子縁組で渡米した女性の母親探しを行ったプロジェクトが、朝日放送テレメンタリーや、AbemaTVで放映され話題となる。日本で初めての国際観光映祭,Japan World's Tourism Film Festivalを立ち上げ、現在代表。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『Yokosuka 1953』
11月5日より全国順次公開
配給:Yokosuka1953製作委員会
©Yokosuka1953製作委員会