コロナ禍によって、全国のミニシアターは苦境に立たされ、いくつかの劇場は閉館を余儀なくされた。映画と観客をつなぐ場としての映画館、そして映画そのものはどうなっていくのか。そんな未来への不安と希望を映像化したのが『あなたの微笑み』だ。売れない自主映画監督「渡辺紘文」は、自らの作品を売り込みながら全国のミニシアターを巡る。シンプルなロードムービーだが、本作がユニークなのはそのキャスティングと手法だ。主役の渡辺や登場する映画館主たちは、ほぼ全て本人たちによって演じられている。さらに事前に用意された脚本はなく、全てのシーンが即興的に撮影されたという。そんな本作だが、その姿勢は終始ブレずに映画とミニシアターに暖かな眼差しを注ぎ続け、渡辺紘文の得難いキャラクターも相まって、独特の哀感と多幸感を獲得することに成功している。
本作の監督はシネマ・ドリフター(映画流れ者)と自称し、世界各地で作品を撮り続けるリム・カーワイ。主演はその監督作が4作連続で東京国際映画祭に正式出品され、世界でも注目される渡辺紘文。二人に本作誕生の経緯と自主映画の現実を語ってもらった。
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二人の自主映画監督の出会い
Q:映画監督である渡辺紘文さんを主演に迎え、リム・カーワイ監督が『あなたの微笑み』を製作した経緯を教えてください。
カーワイ:僕が渡辺さんと知り会ったのは2017年の東京国際映画祭でのカンファレンスでした。以前から柳町光男監督と知り合いだったのですが、柳町監督に渡辺さんを紹介されたんです。「渡辺くんの映画は面白いですよ」とすすめられ観てみたら案の定面白かった。渡辺さんは監督だけでなく主演もする、日本では珍しいタイプの自主映画作家で、そこがすごく面白い。いつか出演をお願いしたいと思っていました。
今回『あなたの微笑み』を撮ることになり、主人公の映画監督は役者さんではなく、実際の映画監督に演じてもらいと考えていました。すると映画監督で芝居もできて存在感もあるとなると、「彼しかいない!」と(笑)。
Q:渡辺監督は主演のオファーをされた時はいかがでしたか?
渡辺:びっくりしましたが光栄でした。他の監督の作品でもチョイ役で出演したことはありましたが、主演は初めてです。「自分に務まるのか」という不安もありましたが、リムさんと一緒に映画を作るのは絶対に面白いし、良いものを作れるという思いもあったので、「リムさん、一緒に作りましょう!」という感じでした(笑)。
『あなたの微笑み』(C)cinemadrifters
Q:渡辺監督は演技の訓練は受けられているのですか。
渡辺:僕は日本映画学校(現在は日本映画大学)で天願大介監督に師事して、演出や脚本を学んできた人間なので芝居の経験はありませんでした。学校を卒業してから大田原愚豚舎という映画制作チームを立ち上げたのですが、一番最初の映画は渋川清彦さん主演でした。でも、その後に役者さんを起用することで、かえって自由に作品を作り続けられないということが分かりました。自主映画を自由に作り続けられる方法って何だ、と考えた時に「自分で出演しよう」となり、それが芝居を始めたきっかけです。
Q:カーワイ監督は世界各地で映画を撮っていますが、「日本のミニシアターを映画監督が巡る」という物語にしたのは何故ですか?
カーワイ:色々理由はあるのですが、僕が過去にバルカン半島で撮った3部作に関連があります。3部作にはいろいろなキャラクターが出てきますが、その中の一人が映画監督だったんです。次は日本でロードムービーを撮ると決めた時に、そのキャラクターを生かしたいと思いました。日本が舞台のロードムービーで映画監督が主人公なら、一番納得できる設定はミニシアターを渡り歩く話ではないかと。そういった事情とコンセプトが絡み合って、今回の物語になったんです。
Q:監督自身が、映画館の窓口で「僕の映画をかけてください」と交渉することは、現実でもあることなんですか?
渡辺:僕自身はやったことがありません。デビュー作の時は自分の作品のスクリーナーを色々なミニシアターに送って「上映していただけませんか」とお願いしました。でもうまくいかなくて、新宿ゴールデン街劇場という、今はなくなってしまった小さな小屋を借りました。それから自分たちで宣伝をして、プロジェクターで1日5回上映するという、製作から配給までを全て自主でやりました。2作目からは新宿武蔵野館という劇場が上映してくださって、その後は配給会社も参加して上映できるようになっていきました。