画像提供 Apple TV+
Apple TV+「ディスクレーマー 夏の沈黙」アルフォンソ・キュアロン監督 映画作りと同じやり方で初のドラマに挑んだ【Director’s Interview Vol.450】
これまで『ゼロ・グラビティ』(13)と『ROMA/ローマ』(18)でアカデミー賞監督賞を2度受賞。それ以外の作品でも『天国の口、終りの楽園。』(01)で同脚本賞ノミネート、『トゥモロー・ワールド』(06)で同脚色賞・編集賞ノミネートと、世界的巨匠という名にふさわしいキャリアを積んできたアルフォンソ・キュアロン。前作『ROMA』以来、6年ぶりとなる新作は、彼にとっても大きなチャレンジとなった。Apple TV+「ディスクレーマー 夏の沈黙」 は、7話のシリーズ。いわゆる“ドラマ”という形式の作品を手がけるのは初めてで、キュアロンの新境地と言える。
主人公は一流ジャーナリストとして活躍するキャサリン。しかし彼女にはずっと隠してきた過去があった。ある日、手元に届いた1冊の小説には、その過去が赤裸々に描写され、キャサリンは自身のキャリアが崩壊することを察し……という物語。原作小説を基に、主演にケイト・ブランシェットを迎え、過去と現在を行き来しながら展開する本作は、各話でじわじわと真実が明らかになる構成の妙、光を駆使した映像美、キャストたちのハイレベルな名演で、キュアロン作品らしい重厚な味わいを備えている。どんな方向に導かれるかわからない感覚も最終話までキープされた。ケイト・ブランシェットとの役を作り上げた経緯、演出や撮影のこだわりなどを来日したアルフォンソ・キュアロンに聞いた。
Index
脚本を書き始めた瞬間に浮かんだ俳優の顔
Q:前作『ROMA/ローマ』がNetflixで、今回の「ディスクレーマー 夏の沈黙」はApple TV+ということで、配信系の会社と意識的に手を組むようになったのでしょうか?
キュアロン:いや、そういうわけでもありません。『ROMA』を完成させた後、次の長編作品をいろいろと模索し、可能性を追い求めている段階で、たまたまAppleがパートナーとして名乗りをあげてくれたんです。その時点で特定の作品が決まっていないにもかかわらず、Appleは敬意をもって私を迎え入れてくれ、全面的な協力を申し出てくれました。私も素直に心を開き、クリエイティブなやりとりに発展していったのです。
Q:「ディスクレーマー」を映画ではなく、シリーズものとして製作したのはApple側の意向でしたか?
キュアロン:最初に「ディスクレーマー」をAppleにプレゼンする際に、私の方から長めの作品にしたいという意向を伝えました。つまり長編映画ではなくドラマの形式です。ただその時点で私は、これまでドラマ形式で作品を撮ったことがないことも正直に話しました。エマニュエル・ルベツキらを撮影監督として雇うなど、これまでの映画作りと同じやり方で撮っていいかを確認し、プロジェクトが始まったのです。
Q:7話分のボリュームにしようと思った最大の理由は?
キュアロン:ひとつの作品として原作を脚本化したところ、それをいくつかに分けるべきだと判断したからです。当初は8つに分割したのですが、その後に7つが適正だと思い修正しました。
Q:主人公のキャサリンは、ケイト・ブランシェットにぴったりの役ですね。
キュアロン:脚本を書き始めた瞬間から、キャサリンの顔にケイトをイメージしていました。こんな経験は私も初めてだったので、一番の恐怖はケイトに出演を断られること(笑)。ですからオファーを受けてくれた時は心から喜びを感じました。
「ディスクレーマー 夏の沈黙」画像提供 Apple TV+
Q:ケイトはなぜオファーを受けたのでしょう。
キュアロン:おそらく彼女は複雑なキャラクターと予想外の方向へ突き進むドラマが好きなのです。そうした役や作品によって、自分の常識を超えたチャレンジができるからでしょう。脚本を読み始めたケイトは、ある時点でその脚本を投げ捨てたそうです。「この女性は大嫌い。自分には絶対に演じられない」と感じて……。しかし気を取り直して続きを読んだところ「先入観でキャサリンを判断してしまった。私が悪かった」と思い直し、役を引き受けてくれました。この感覚こそ私とケイトが共有したかったもので、そこから一緒に作品を作る自信にもなりましたね。
Q:先入観とはいえ「嫌い」と思わせる役を、ケイトは『TAR/ター』(22)でも名演しました。
キュアロン:ターとキャサリンは似ているようで、かなり異なるキャラクターだと思います。激情的なターに比べると、キャサリンはほとんど本心を語りません。ここには作品の意図も込められており、彼女が語らないことで観る側の興味を掻き立てるわけです。一見、嫌な役というキャサリンですが、それはあくまで観る側の印象だと思います。
Q:キャサリン役の演技をケイトとどのように形成していったのでしょう。
キュアロン:すべては結末につながるような演技をすること。それが重要でした。『ディスクレーマー』は最終7話を観て、結末を知ってから1話に戻ると、さまざまなことが理解できるようになっています。キャサリンのトラウマとなった過去、そこからの苦痛がどんなものだったのか。そして作品を観る私たちが感じた居心地の悪さは何が原因だったのか。そうしたことが2回目で解き明かされるように、俳優の演技を組み立てる必要がありました。ケイトと私は“結末までの旅路”を研究しながら演技を完成させるプロセスでしたね。