日本の民事裁判は地味すぎる
Q:そもそも裁判のニュースから着想を得たときは、どんな映画にしようと思っていたのでしょうか?
深田:たまたま観た時期だったからなんですが、『ブルーバレンタイン』(10)を思い浮かべていました。あれって一組のカップルの、恋愛が終わって別れる日と恋愛が始まる日を同時進行で描いていて、両方の時間軸を行き来しながら交互に進んでいくラブストーリーですよね。それと同じように、裁判の過程とアイドルの恋愛の始まりみたいなものが交互に進んでいって、最後に裁判では勝つんだけど恋愛は終わるみたいな物語にできたら面白いんじゃないかなっていうところが、最初に記事を見たときにパッと思いついた話でした。
結局『ブルーバレンタイン』みたいな構造にはならなかったんですけど、アイドルの恋愛と裁判を描く構造だけは残った感じです。当初の目論見と違っていったのには大きく2つ理由があると思っていて、プロットにはすごく時間がかかったんですけど、裁判と恋愛が始まったときを交互に描くと、どうしても回想形式に見えてしまうんです。『ブルーバレンタイン』の面白さって回想形式になってないところだと思っていて、2つの時間軸が並行して影響し合っている。でも裁判シーンを描きながらそれをやってしまうと、どうしても裁判が現代で、ほかのシーンは過去に見えてしまう。自分は基本的に回想シーンってよほど上手くやらないと映画が止まってしまうと考えていて、構造としてちょっと厳しいかなと思ってやめました。2つ目はこの映画のために取材をしていく中で、日本の民事裁判がとにかく地味で事務的なやり取りが中心であることに驚いたという(笑)。
Q:観客側としても、裁判ものなんて面白くなるに決まってるだろうと思ってしまいますよね。
深田:それこそアメリカのジョン・グリシャムみたいな裁判ものを観て育ってきた人間としては、ある程度「法廷もの」っていうフォーマットの中での描き方があるだろうと思っていたんです。でも日本の民事裁判は、本当に映画にならないくらい地味だった。民事裁判ってやったことあります?
Q:いやいや、やったことないです。
深田:自分もないんですけど(笑)。でも友人の民事裁判をサポートしたり傍聴したことはあって、弁護士から聞いてみてもそうなんですけど、大半が単なる書面の交換みたいな感じなんですよ。当事者が来ないことも多いし、事前に提出した書類をただ確認して、数分で終わるっていう。
だから民事裁判の中でも、ある意味で一番動きがあるというか、映像的に見せられるであろう証人尋問のところにフォーカスすることにしたんです。そうすると2時間の映画を『ブルーバレンタイン』みたいに入れ子状にしたくても、まったく内容が“持たない”ということがわかって今みたいな構成になりました。

『恋愛裁判』©2025「恋愛裁判」製作委員会
最初は恋愛と裁判が5:5ぐらいの感じをイメージしていたので、タイトルも『恋愛裁判』と仮で付けたんですけど、一応、途中で別のタイトルの方がいいんじゃないかと提案はしたんです。むしろ裁判の要素を隠して、普通にアイドルの恋愛ものだと思って観ていたらいきなり裁判になる方が驚きがあるし映画の実情にも合う、そういったこともちょっと思いました。ただ、みんなはやはり企画開発から使っていたこのタイトルが気に入っていて、自分も代案は出したものの皆を説得できるような提案ができなかったので、『恋愛裁判』に落ち着きました。
Q:映画を観ていてひとつ不可解に感じたのは、アイドルだけじゃなくて恋人の男性も一緒に訴えられるじゃないですか。契約違反とは関係ないのに。
深田:そうなんです。実際に2015年にたまたま読んだ記事に、アイドルの女の子がファンと恋愛をして、事務所から損害賠償請求をされて負けたと書いてあったんですね。アイドルが恋愛しちゃいけないってルールはもちろん何となく知ってはいたけど、契約書にまで書かれていて裁判になるってことにまずびっくりしました。で、その裁判では実際にアイドルと恋人になったファンの双方が訴えられてるんです。だから映画の裁判の設定もそれをもとにしています。
事務所との契約の当事者じゃない人も訴えられて、利益相反なるからそれぞれに弁護士が付くっていうのも、弁護士に考証してもらった結果、そうなりました。2人で一緒に戦うっていうより、2人の間でも過失の割合が変わってきちゃうから、それぞれに弁護士を立てないといけない。あと恋愛って本当に不定形な、ふわふわとした心の問題なのに、その度合いとか、いつ始まったかみたいなことが裁判所みたいな場所で大真面目に議論されるっていうこと自体が不条理で興味深いって思いましたね。