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『殺し屋1 4K』脚本:佐藤佐吉 映画全体が反社会的!? 伝説のバイオレンス映画が生まれるまで【Director’s Interview Vol.550】

『殺し屋1 4K』脚本:佐藤佐吉 映画全体が反社会的!? 伝説のバイオレンス映画が生まれるまで【Director’s Interview Vol.550】

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これは愛の物語でありラブコメだ!



Q:そういった経緯を踏まえて本作に参加されるわけですが、日本映画としてはそれなりの予算が組まれた大きなプロジェクトだったしょうか。


佐藤:宮崎プロデューサーは、海外と共同制作することを目標に掲げており、香港やドイツ、アメリカなど様々な国の名前が挙がっていました。彼は自身の代表作にしたいという並々ならぬ熱意があり、プロット作業だけで1年かかりましたね。宮崎さんの異常とも言える熱量にずっと引っ張られていた感覚があります。


Q:三池監督もその時点で決まっていたのでしょうか。


佐藤:本作は最終的にオメガ・プロジェクト製作となりましたが、当時は三池さんも宮崎さんもエクセレントフィルムという会社に在籍していました。その時すでに三池さんとは一緒にやることで話が動いていました。実際に製作段階になって宮崎さんがオメガへ移籍することになりましたが、当初から三池さんの承諾は得ていました。


Q:当時、原作はまだ連載中でしたが、原作者の山本英夫さんから要望などはありましたか。


佐藤:私に声がかかる前は、山本さんご自身が脚本を書くという話になっていたそうです。しかし、連載も続いていて両立が難しく、なかなか完成しなかったため私に依頼が来た。当時、原作はまだ8~9巻あたりの段階でしたね。原作の結末をどうするのか山本さんに聞きに行ったところ、「なんとなくのイメージはあるが、高いところで終わる」という言い方をされるんです。それならラストは屋上にするのが良いかなと。そんなことから、最後の方のシーンはこちらのオリジナルでやらせてもらいました。



『殺し屋1 4K』©山本英夫/小学館「殺し屋1」製作委員会2001


Q:プロデューサーや三池監督から、エピソードやキャラクターについて具体的な指示などはありましたか。


佐藤:ほとんどなかったですね。三池監督は当時から非常に忙しくて、撮影前に打合せをしたのは多分1回くらい。どうしても確認が必要な時は、他の現場にいる三池監督のところに宮崎さんが確認しに行って、それを私に伝えるという流れでしたが、その作業も多くはなかったです。ただ、宮崎さんと原作者の山本さんは「これは愛の物語であり、ラブコメなんだ」と何度も言っていましたね。私はそのキーワードを目標にしつつ、基本的には原作に忠実にやろうと作業していました。具体的な取捨選択は私に任されていました。 


Q:では、佐藤さんが書いたものをプロデューサーと監督が受け入れて映画化されたと。


佐藤:ほぼそうですね。ただ、海外の出資者にも脚本を翻訳して送ったのですが、香港は何も言ってこなかったのに、ドイツからすごく注文が来たんです。「登場人物の目的が分からない」「シナリオのセオリーに全く則っていない」と大幅な書き直しを求められました。すると宮崎さんが、「ドイツの人たちは何も分かっていない。ドイツと組むのはやめましょう」と言って、ドイツを切っちゃった(笑)。




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