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『殺し屋1 4K』脚本:佐藤佐吉 映画全体が反社会的!? 伝説のバイオレンス映画が生まれるまで【Director’s Interview Vol.550】

『殺し屋1 4K』脚本:佐藤佐吉 映画全体が反社会的!? 伝説のバイオレンス映画が生まれるまで【Director’s Interview Vol.550】

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伝説のバイオレンス映画が25年の時を経て甦る。凄惨な暴力にまみれた不適切極まりない描写で、ぶっちぎりのR18指定。浅野忠信演じるヤクザの垣原は、日本映画史上トップクラスの“ヤバさ”加減。いつも以上にやりたい放題の三池崇史監督に、キレッキレの衣裳を手がけた北村道子、そして原作漫画を生みだした山本英夫と、天才たちが弾けまくった映画が『殺し屋1』なのだ。


このとんでもない映画の脚本を手がけたのが、当時まだ長編2本目の新人だった佐藤佐吉氏。佐藤氏はいかにして伝説の作品を書き上げたのか。話を伺った。



『殺し屋1』あらすじ

安生組組長が、組の資金、3億円とともに突然姿を消した。組長から与えられる暴力を愛していた究極のマゾ、垣原(浅野忠信)は、組長が何者かに拉致されたが、まだ生きていると信じて歌舞伎町中を執拗に探し始める。やがて、イチ(大森南朋)という殺し屋の存在を知り、その殺しぶりに恋心にも似た興奮を覚える。「早くイチに会いたい」「殺られる前の絶望感を味わいたい」と何度もすれ違いながらイチとの遭遇に胸躍らせる。そして、二人の出会いの時は刻一刻と迫っていた…。


Index


教員になる目標から映画業界へ



Q:初公開から25年が経ち、『殺し屋1』が4Kで蘇りました。ご覧になった感想はいかがでしたか。


佐藤:劇場で見るのは上映以来でしたが、「この人たち、どうかしているな」と(笑)。作っている側も出演者も含め、何に向かってあんな無謀な戦いをしていたのか。改めてそう感じました。


Q:冒頭のタイトルバックからして強烈で、何と精液から文字が浮かび上がってきます。


佐藤:当時は「本物を使っているらしい」という噂がありました。男性スタッフが全員裏に呼ばれて、何人分かを出させたらしいと。先日、三池崇史監督にそのことを聞いたら「いやいや、あれは完全に作り物です」と言われました。それも信じられないくらいリアルでしたね。原作者の山本英夫さんは、漫画の「殺し屋1」でそれらを描く際、実際に本人やアシスタントが出したものをビデオに撮って、その映像から描き起こしたそうです。これはご本人がおっしゃっていました。


Q:いきなりすごいエピソードですね…。


佐藤:本物かどうかよりも、もはや次元を超えていますね(笑)。



『殺し屋1 4K』©山本英夫/小学館「殺し屋1」製作委員会2001


Q:当時の佐藤さんは、長編の脚本を書かれたのはこれがまだ2作目ですか。


佐藤:そうですね。実質的にはほぼデビュー作に近い感覚で、『金髪の草原』(99 犬童一心監督)に続く2作目でした。


Q:犬童監督から三池監督というギャップもすごいですが、どういう経緯でお声がけされたのでしょうか。


佐藤:デビュー前にオリジナルの脚本を書いていて、それでデビューしたいと自分の敬愛する方々に勝手に見せていました。犬童監督や三池監督にも見せたことがデビューに繋がっていくのですが、本作プロデューサーの宮崎大さんにも気に入ってもらえた。それで一緒に何かやろうと話している中で、宮崎さんが「殺し屋1」の映画化権を手に入れたため、「これ、挑戦してみませんか?」と声をかけられたんです。


Q:それ以前は「キネマ旬報」に在籍されていたそうですが、脚本執筆時は既にフリーランスだったのですか。


佐藤:キネ旬がセゾングループに買収され、セゾンの西友映画事業部へ異動しました。しかしその後、セゾンの事業自体が厳しくなってきた。元々脚本家を目指していたこともあったので、そこを辞めてプロデューサーになるか脚本家になるか迷った末、やはり脚本家になりたいと1本書いたことがデビューに繋がっていきました。 


Q:何歳くらいの時ですか。


佐藤:32歳でした。今の感覚で言えばまだ若いかもしれませんが、当時は同世代の人たちがどんどん監督や脚本家としてデビューしていたので、ものすごく焦ってましたね。


Q:映画監督や脚本家になりたいという思いは昔からあったのでしょうか。


佐藤:全くありませんでした。大学卒業後は学校の先生になろうと思っていたのですが、すぐに教員になるのは気が引けたので、社会人経験を積もうと教科書の出版社に入社しました。その頃にレンタルビデオブームが始まり、観ているうちにどんどん映画にハマっていったんです。もはや先生になる気はなくなり、大阪にあった脚本家の学校に1年ほど通い、その後何の当てもなく上京。たまたまキネ旬に入社できたという経緯です。




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