ユマニチュードとバザーリア
Q:原作を元に「ユマニチュード(介護の技法)」や「バザーリア(演劇のテーマ)」などの要素が付加されていますが、それらは以前から映画の題材として考えられていたのでしょうか。
濱口:必ずしもそうではありません。そして、どちらかと言えば、ユマニチュードがやはりより中心にあると思います。そもそもは、その存在を知ったときからユマニチュードは映画の題材というよりは、むしろ映画の作り方の参考になるとずっと思っていました。
ユマニチュードは、イヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんが開発し、日本では本田美和子さんらが紹介されています。私が10年ほど前に知った時、介護業界が抱える問題は「映画演出の問題」と非常に近い気がしました。 介護士も虐待のようなケアをしたいわけではないのに、時間がなくどうしたらいいか分からない中で、知性や精神がないように見える認知症の方をモノのように扱ってしまうことがある。しかし、アルツハイマーで起きていることをフィジカルなレベルで理解し、弱った認知能力を補うようなコミュニケーションをとれば、知性も精神も死んでいないと分かり、より人間的な介護ができる。

『急に具合が悪くなる』© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula - Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
これって映画制作でも同じで、予算や時間がなく、俳優の感情的な部分を全く無視して物事を進めなきゃいけない状況や、若いスタッフが擦り切れるように使われる状況に対して、「どうアプローチしたらいいか」というヒントを与えてくれる感覚がありました。
その後、日仏共同企画になることが決まり、日本とフランスの主人公がそれぞれ出ることを決めた時に、その繋ぐ要素としてユマニチュードが使えるのではないだろうかと。そして自分も、ユマニチュードというものをより深く知る機会になるのではないかと思いました。
バザーリアについては全く別の文脈で知っており、松嶋健さんの著書「プシコ ナウティカ―イタリア精神医療の人類学」で詳しく触れられていて、とても感銘を受けました。システムによって人の「個人性」が奪われた状態に対し、どう抗ってそれを与え返していくかという点で、ユマニチュードとバザーリアが私の中で一つに繋がったんです。