惹かれ合う理由と説得性
Q:原作の宮野さんと磯野さんを投影した真理とマリー=ルーですが、二人は出会ってから日が浅いにも関わらず、そこから自然と強く惹かれ合う設定となっています。原作を踏まえて意図したものはありましたか。
濱口:原作の最後の方で、お二人のあいだで自分たちの過ごした「時間」の正体に対する疑問が生まれてきます。原作自体も2ヶ月ほどの往復書簡ですし、2人が実際に会ったのも本当に数えるほどしかありません。主なやり取りが手紙になっていく中で、「この関係性の深まりは一体何なんだ」と、磯野さんと宮野さんは自問をされるわけです。そこで磯野さんが言われるのが、「時間というのは単に直線的なものだけではなく、その一歩一歩の時間の過ごし方の中に“踏み跡の深さ”というものがある」ということ。その“踏み跡の深さ”と、実際の直線的な時間というものが組み合わされているのが、本当に我々が感じている時間なのではないか、と。だからこそ、分数や時間数で計ればこれほど短い時間だとしても、深い関係性が生じることがあるのではないだろうか。そんなお話をされているんです。映画の方ではそこをより映画的に強調しました。

『急に具合が悪くなる』© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula - Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
Q:長塚京三さん演じる吾朗と黒崎煌代さん演じる智樹もとても良かったです。智樹は自閉スペクトラム症で、演じる黒崎さんの演技が見事ではあるのですが、映画自体が智樹に殊更フォーカスしないのはもちろん、観ている側も彼を意識せずにいることに驚きます。吾朗と智樹に込めた思いがあれば教えてください。
濱口:原作を映画にするにあたっては、キャラクターの生活の時間を描き、彼女たちの人間関係がどうなっているかを見せる必要がありました。これが「魂の通い合い」レベルに達する2人の女性の出会いであるという根本を、どう観客の腑に落ちるものにするか。
ユマニチュードについての取材をしていくうちに、マリー=ルーは介護施設のディレクターという設定になりました。彼女の周囲には、認知症の入居者をはじめ、その職場における人間関係があり、それは時に彼女を悩ませたり、支えるものです。一方、真理の側にいるのは吾朗という俳優と、自閉スペクトラム症の孫・智樹です。私自身、自閉症には昔から興味を持っていたし、ユマニチュードはまだ実証データが揃い切っていないものの、自閉スペクトラム症にも効果があるのではないかという実体験の例が出始めていたことがヒントになりました。
そういう考えがあって、マリー=ルーと真理がそれぞれ、どのように智樹と接しているかをお互い見ることによって、二人の間に信頼関係が生まれるという流れにしました。2人が、共に社会の周縁に置かれがちな存在との経験を共有していることが、その後の関係が急速に深まっていくことにもつながっていくと考えました。2人が「自分たちがどこか同じ問題を共有し、同じような“ものの見方”を共有している」と感じることで、短い時間で信頼関係が生まれる流れにできるのではないかと。
智樹にフォーカスされていないと感じられたのは、やっぱり根本的には2人の話だからだと思います。ただ一方で、彼には彼の人生があるはずで、単なる背景ではない。観客は真理というキャラクターを通してしか根本的に知ることができませんが、智樹には本当に生きている人のようにそこには存在していて欲しいと考えていました。黒崎さんには、おそらく出番の量から考えると、ありえないぐらいの準備時間をいただいて、リハーサルや取材をしていただきました。結果として、彼の演じる智樹というキャラクターが実際に生きていると感じられて、カメラ越しに感動することがとても多かった。難しい役を素晴らしく演じてもらったことに、自分も精神的にもすごく助けられました。