フィルムかデジタルか
Q:全体のトーンは、フィルムルックに固執してない印象もありました。
山崎:あえてそこに追い込むことはしてないですね。デジタル感は強くは出していませんが、粒子を入れるとかそういう人工的なことは無理にはやらないようにしています。デジタルはデジタルなりのトーンで、且つあまりデジタルっぽくなくね。デジタルの持っている発色のちょっとキラキラした感じは抑えていますが、それはフィルムっぽいということではない。フィルムに寄せたいならフィルムで撮りますね(笑)。デジタルはデジタルでいいと思うんです。ただし、映っている世界があまりにも人工的な世界、カメラマンが作った世界だと見られないようには意識しています。いかにもテレビドラマのような生々しさが出ないようにね。
これはドキュメンタリーを撮っていても同じですが、映っているものを見ている人が信じられるかどうか。「これは嘘じゃない。お芝居してるんじゃない」「ここに生きている人たちを撮っているんだね」と感じてもらえれば、それはドキュメンタリーでもフィクションでも同じで、ある種のリアリズムだと思うんです。僕が好きなダルデンヌ兄弟とかケン・ローチとか、そういう人たちと感覚的には近いものがある。あまり余計なことをしないのが好きなんです。
孫:山崎さんが撮った中では、是枝さんの『奇跡』(11)や西川さんの『永い言い訳』(16)がすごく好きな画でした。それを伝えると「あれはフィルムだなぁ」という話になった。プロデューサーに対して、山崎さんから「フィルムで出来ないか?」みたいな相談もしてもらったのですが、予算的に厳しくて...。
山崎:予算的なことと、あとはやっぱり大会での舞台シーンですね。あれをフィルムでやると大変なことになる。16mmで撮った別の映画でも、ライブシーンだけはデジタルにしたこともあるくらいだからね。
16mmだと結構フィルムの質感が出ますからね。『永い言い訳』ではフィルムの粒子をそのまま出したけど、最近の人は粒子を消しているんですよ。是枝さんの『箱の中の羊』(26)でもほとんど粒子が無いからね。

『トロフィー』向かって左から、撮影監督:山崎裕氏、孫明雅監督
Q:あ、確かに。ツルッとしてますね。
山崎:あれは35mmフィルムで撮っているんだけど、粒子を出さないようにしているし、出ないフィルムを使っている。だから全然デジタルみたいになっちゃう。スキャンの時も粒子が出ないようにしているって聞きました。僕はフィルムで撮るならそれをやらない。むしろある程度出したいし、35mmと16mmだと出方も違うしね。『大いなる不在』(35mm)と『永い言い訳』(16mm)では粒子の出方がまるで違う。同じタイプのフィルムを使っていますが、フィルムの大きさが違うから当然粒子の見え方も変わってくる。
でも最近は粒子を勝手に消されることがあるんです。「せっかくフィルムで撮ったのに余計なことをするな!」と(笑)。他だと「粒子はノイズだから消してくれ」って言う人が多いみたいね。だったらフィルムを使うなって言うの」(笑)。
Q:16mmの粒子を減らすと35mmぽく見えるので、あえて粒子を減らす人もいるようですね。
山崎:写真の世界だと、バリバリに増感して粒子ガチガチの写真もあるし、森山大道さんの写真なんか粒子がメッチャあるし、ブレブレの画だってある。映画の場合はスチールみたいにワンショットじゃないから、そこに流れている時間と世界を見せることになる。だから、そこの世界は余計なものを感じさせずに、ある程度自然に見えなきゃいけないんですよ。
Q:カメラワークでは手持ちとFIXをうまく使い分けている印象がありました。
孫:大会での舞台以外は、踊りに関しては「手持ちで撮りましょう」と。
山崎:そう。「手持ちで撮るよ」って言ったね。ロングショットなどは三脚を使いましたが、それ以外の“ダンサーそのものを見ていく画”は全部手持ちですね。
Q:踊っている間ずっと手持ちで撮るのは大変な作業ですね。
山崎:だからそれは慣れているんです。
孫:でた!ドヤ顔(笑)!ここ、一番スイッチ入りますから。
山崎:慣れていますから(笑)。得意なんです。30代の初めにロンドンのバレエ学校を撮った時も、少女たちが踊っている中を自由に動き回って撮らせてもらいました。それからニューヨークの「オーディション」というTV番組でも、モダンダンスやバレエのダンサーたちが踊っている中に、カメラを持って入っていきましたから。