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『マン・オン・ザ・ムーン』ジム・キャリーの名演技は如何にして生まれたのか。製作から18年を経て明かされた驚くべき役作りの深淵
2019.10.31
オーディションを受けてまで手にしたかった念願の役
『マン・オン・ザ・ムーン』は型破りな芸風で活躍したコメディアン、アンディ・カウフマンの生涯を描いている。
カウフマンは、35歳という若さでがんを発症し亡くなったため活動期間は短いが、その過激な芸風は70~80年代のアメリカで衝撃を持って迎えられた。カウフマンは気の利いたジョークで笑いをとるようなことは決してしない。彼の代表的なパフォーマンスに「全く別人格の歌手、トニー・クリフトンを演じる」というものがある。特殊メイクによってカウフマンは全く別人のクリフトンに変身する。クリフトンは観客を口汚く罵りながら、鼻にかかった奇妙なダミ声で歌を披露するダメオヤジだ。観客はカウフマンとクリフトンが同一人物であることを薄々察していたが、彼ら(?)は決して認めなかった。
「トニー・クリフトン」
しかも手の込んだことに、カウフマンのブレーンだったボブ・ズムダという作家がしばしばトニー・クリフトンを演じることもあり、カウフマンとクリフトンが一緒の舞台で共演する事態もおこった。2人が同一人物だと思っていた観客は混乱する一方だったという。劇中にもこんなセリフがある。
「セコい笑いは結構。僕はお客の魂をつかんで揺さぶりたい。彼らの愛も憎しみも大歓迎」
カウフマンは観客を挑発し、時に怒らせ、我々が現実と感じている日常にゆさぶりをかけ、虚構との境目を曖昧にしていくことに無上の喜びを感じる「パフォーマー」だった。
「アンディ・カウフマン」
ジム・キャリーは、子供の頃にそんなカウフマンをテレビで見て大きな影響を受けており、企画が立ち上がった時、是非演じたいと申し出た。監督は『カッコ―の巣の上で』(75)、『アマデウス』(84)の2作でアカデミー監督賞を受賞した巨匠、ミロス・フォアマン。
しかしフォアマンは当初ジムの起用に反対だったという。顔芸で笑いをとるコメディアンというイメージが強かったジムに不安を感じたのかもしれない。そこでジムは、既にトップスターだったにもかかわらず、オーディションを受けることを提案し、さらにカウフマンの持ちネタを完コピした映像を自ら作成、フォアマンを遂に納得させた。その時の心境をジムはこう語っている。
「役が決まったとき、海を眺めながら考えたんだ。“アンディは今どこで何を?”彼はきっとテレパシーのようなもので交信しようとしている。すると突然イルカが30頭ほど現れた。予感が当たったような気がして僕もテレパシーを使ってみることにした。バカげた考えだが効果はあった。アンディが僕のところへやって来て僕の肩を叩いて言ったのさ。“僕の映画は僕が作る”その後はもう自分でも制御不能さ」
「啓示」を受けたジム・キャリーは、映画の撮影現場でアンディ・カウフマンとしての人生を「生きる」ことになる。