時間に逆行する構成にした理由
『メメント』の本編は、レナードが眼鏡の男テディ(ジョー・パントリアーノ)を撃つ冒頭から時間を遡って進行するカラーのパートと、モーテルの部屋でレナードが電話越しに誰かと話しているモノクロのパート(こちらは時間の経過に沿って進行)に大別される。カラー部分は1つのプロット(シークエンス)が3~5分程度、モノクロは1~2分の短いプロットに区切られ、それぞれが交互に映し出される。
文字の説明では込み入っているように聞こえるかもしれないが、研究者のSteve Aprahamian氏が作成した「時系列に沿った出来事の流れ(物語の順番)」と「映画の進行(プロットの順番)」の相関図を見ると、極めて整然と構成されていることがよくわかる。
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Memento_Timeline.png
ではなぜ、ノーラン監督はこのような構成にしたのだろうか。時間に逆行するカラーパートに関しては、鑑賞した人なら直感的に理解できただろう。これはつまり、新しい記憶が10分しかもたないレナードの意識を、観客に疑似体験させるための天才的な仕掛けなのだ。
レナードは新たに見聞きして得た知識も体験も、10分たつと忘れてしまう。ほんの少し前の過去さえわからない状態を観客に体感させるために、現在の描写の次に少し前の過去を、さらに少し前の過去を明かす、といった具合に遡って構成したというわけだ。
『メメント』(c)Photofest / Getty Images
モノクロのパートは、カラーのプロットに短く挿入される格好で、レナードのモノローグにより彼の過去や症状を説明する役割を担う。レナードはかつて保険会社の調査員で、サミー・ジャンキスという顧客を担当していた。サミーが患った前向性健忘について、レナードが語る内容から、観客はレナードの現在の精神状態を間接的に知ることができる。
冒頭の色あせるポラロイド写真のシークエンスから逆行するカラーのパートと、それより2日前に始まるモノクロのパートは、映画の終盤でつながる。最後のモノクロのプロットで、ジミーという男を写した写真が次第に鮮明になるのに合わせ、背景も白黒からカラーへと変化し、そのままカラーの最終プロットに移行する。オープニングと同様、ポラロイド写真の色の変化を効果的に使った映像の仕掛けが実に鮮やかだ。
なおDVDやBlu-rayで、プロットを時系列の通りに組み直して視聴できる特典が提供されている(DVDの場合は「リバース・シークエンス再生」というメニュー)。本編を鑑賞した後でリバース・シークエンス再生を観ると、構成の緻密さをより一層実感できるだろう。